これは、ある夜のお笑いライブの帰り、相方と一緒に乗り込んだ終電での話だ。
日曜日の終電ということもあったせいか、車内はガラガラだった。そんな人のまばらな車内で僕は相方と、どこがウケた、どこがスベった、という話で盛り上がっていた。
年末の漫才コンテストが近かったということもあり、いつもよりも熱が入っていた。ふと向かいに目をやると、1組の男女が寄り添って座っていた。
黒いダウンジャケットを着た中年風の男性に、若いキャバクラ嬢みたいな女がよりかかっている。見たところキャバクラのアフターという感じだ。
特に気にもとめなかったが、しばらくして気付いた。見つめ合いながら会話をしている感じの2人。だけど、身ぶり手ぶりは動いているのに、声は聞こえない。そう、その男女は手話で会話をしていた。
相方が急に無言になった。さっきまで熱く漫才話をしていたのに。どんどん顔がこわばり、青ざめていった。暖房がきいている車内なのに体は少し震えていた。
「どうした? 大丈夫か?」
と聞くと、相方は僕の耳元にボソッと囁いた。
「目の前の男と女。ひと、殺してるかも」
相方は手話がわかる。妹が難聴で手話を使うからだ。目の前の男女の手話を読みとったのか、そんなことを言いだした。
「はぁ!?」
大きなリアクションをとる僕を、目でキッと睨む相方。その目は本気で、これはボケとかじゃないな、と瞬時に察した。
「なんでそんなことわかるんだよ」
小声で相方に聞いた。すると相方はケータイのメール画面を開き文字を打ち、僕に見せてきた。
「殺した女の 死体をどう処理するか 話してる」
「東北の山中に埋めるか 日本海に沈めるか 迷ってる」
息を飲んだ。
その男女は時折笑顔も見せている。
とてもじゃないけど、そんな会話をしているようには思えなかった。ジッと男女を見つめてしまう僕をいさめるように相方が肘打ちをして、またケータイの画面を見せてくる。
「新情報 前にも1人 殺してる」
「1人目は ダムの建設現場でコンクリと一緒に埋めた」
「男は土木関係の仕事 女は愛人かな 保険金目当てだと思う」
「会話がリアルすぎる やばい」
目の前に人殺しがいる……そう本気で思うと背筋がゾクッとした。だけど不謹慎ながらも、僕の好奇心は激しく刺激されていた。
とある駅に着くと男女は立ち上がり降車した。
僕と相方が降りる駅はまだ先だった。
だけど僕は相方の手を引き、男女の後を追うように降りてしまった。そして僕らは、男女を尾行した。捕まえようなんて勇気もないし、そもそも本当に殺している確証はない。やじうま根性だ。
男女は駅から10分ほどの、細い路地裏にある木造アパートに入っていった。僕らはアパートの前で張り込みをした。
30分ほど経って、男女はアパートから出てきた。手に大きな紙袋をいくつも持っていた。
男が4袋、女が2袋。そして紙袋からは、何枚も重ねられているビニール袋がはみ出ていて、2人ともさっきはしていなかった黒い革の手袋をはめていた。
「怪しすぎるだろ……」と僕らが小声で話していると、男女は僕らが隠れている電柱の方向に歩いてきた。
僕らは慌てて電柱の陰から出て、男女とすれ違うように歩いた。僕は恐怖からずっと下を向いていた。すれ違った後、相方が急に全速力で走り始めた。
何故だかわからなかったが、とにかく僕も走って大通りまで出た。すると相方が体をブルブルさせながら、早口で話した。
「すれ違う瞬間、男とバッチリ目があってさ……明らかに俺に向けて手話してきたんだよ。“話したら 殺す”って……。多分あいつ、電車でチラチラ俺らが見てたのも気づいてて、アパートの前でまた会ったから勘付いたんだと思う──」
1週間後。東北の山中でバラバラにされた女性の死体が発見された。
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日曜日の終電ということもあったせいか、車内はガラガラだった。そんな人のまばらな車内で僕は相方と、どこがウケた、どこがスベった、という話で盛り上がっていた。
年末の漫才コンテストが近かったということもあり、いつもよりも熱が入っていた。ふと向かいに目をやると、1組の男女が寄り添って座っていた。
黒いダウンジャケットを着た中年風の男性に、若いキャバクラ嬢みたいな女がよりかかっている。見たところキャバクラのアフターという感じだ。
特に気にもとめなかったが、しばらくして気付いた。見つめ合いながら会話をしている感じの2人。だけど、身ぶり手ぶりは動いているのに、声は聞こえない。そう、その男女は手話で会話をしていた。
相方が急に無言になった。さっきまで熱く漫才話をしていたのに。どんどん顔がこわばり、青ざめていった。暖房がきいている車内なのに体は少し震えていた。
「どうした? 大丈夫か?」
と聞くと、相方は僕の耳元にボソッと囁いた。
「目の前の男と女。ひと、殺してるかも」
相方は手話がわかる。妹が難聴で手話を使うからだ。目の前の男女の手話を読みとったのか、そんなことを言いだした。
「はぁ!?」
大きなリアクションをとる僕を、目でキッと睨む相方。その目は本気で、これはボケとかじゃないな、と瞬時に察した。
「なんでそんなことわかるんだよ」
小声で相方に聞いた。すると相方はケータイのメール画面を開き文字を打ち、僕に見せてきた。
「殺した女の 死体をどう処理するか 話してる」
「東北の山中に埋めるか 日本海に沈めるか 迷ってる」
息を飲んだ。
その男女は時折笑顔も見せている。
とてもじゃないけど、そんな会話をしているようには思えなかった。ジッと男女を見つめてしまう僕をいさめるように相方が肘打ちをして、またケータイの画面を見せてくる。
「新情報 前にも1人 殺してる」
「1人目は ダムの建設現場でコンクリと一緒に埋めた」
「男は土木関係の仕事 女は愛人かな 保険金目当てだと思う」
「会話がリアルすぎる やばい」
目の前に人殺しがいる……そう本気で思うと背筋がゾクッとした。だけど不謹慎ながらも、僕の好奇心は激しく刺激されていた。
とある駅に着くと男女は立ち上がり降車した。
僕と相方が降りる駅はまだ先だった。
だけど僕は相方の手を引き、男女の後を追うように降りてしまった。そして僕らは、男女を尾行した。捕まえようなんて勇気もないし、そもそも本当に殺している確証はない。やじうま根性だ。
男女は駅から10分ほどの、細い路地裏にある木造アパートに入っていった。僕らはアパートの前で張り込みをした。
30分ほど経って、男女はアパートから出てきた。手に大きな紙袋をいくつも持っていた。
男が4袋、女が2袋。そして紙袋からは、何枚も重ねられているビニール袋がはみ出ていて、2人ともさっきはしていなかった黒い革の手袋をはめていた。
「怪しすぎるだろ……」と僕らが小声で話していると、男女は僕らが隠れている電柱の方向に歩いてきた。
僕らは慌てて電柱の陰から出て、男女とすれ違うように歩いた。僕は恐怖からずっと下を向いていた。すれ違った後、相方が急に全速力で走り始めた。
何故だかわからなかったが、とにかく僕も走って大通りまで出た。すると相方が体をブルブルさせながら、早口で話した。
「すれ違う瞬間、男とバッチリ目があってさ……明らかに俺に向けて手話してきたんだよ。“話したら 殺す”って……。多分あいつ、電車でチラチラ俺らが見てたのも気づいてて、アパートの前でまた会ったから勘付いたんだと思う──」
1週間後。東北の山中でバラバラにされた女性の死体が発見された。
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