いつの時代もなくならないのが釣り番組である。興味がない人はまったく観ない番組であるが、興味がある人はとことん観るという極端なジャンルである。
大抵、この類の番組には、久しぶりに見たなぁ、というタレントが出ているものである。かく言う自分もその1人である。
船酔いに耐えながらもテンションあげてレポートするなんて本当はしたくないのだが、生活のために見栄も外聞も捨てて必死で出演する日々である。おかげで無趣味だったオレに、釣りという趣味ができたのは幸いだった。
その番組で仲良くなったのが、番組が5周年を迎えてリニューアルと同時にレギュラーになったプロの釣り師のOさん。人柄もよく、つっこんでも怒ったりしない明るい人物である。
そのOさんが1度だけスタッフに声を荒らげたことがある。それは収録日のスケジュールについて話しているときだった。
この番組は毎週木曜日に収録しており、Oさんがレギュラーになってから、まもなく1年になるがそれは変わらず続けられていた。
次の収録日も木曜日で、という話をしていたところ、Oさんが申し訳なさそうに
「その日はちょっと……」と言い出した。
「別の日にしてくれませんか」とさらに続けた。
しかし、収録日をずらすというのは、十数名のスタッフの全員のスケジュールを動かすことになるので、カンタンにはいかない。その旨を伝えると、Oさんは声をあげた。
「オレはその日は釣りはしたくないんだ!」
プロデューサーとの話し合いが終わったOさんと、ロケ車の中で2人きりになった時を見計らって事情を聞いてみた。収録は代わりの釣り師が登場することになったようだ。
いつもは温厚なOさんに、なぜあんなにアツくなったのか? を聞いてみた。
Oさんは小さいころから、釣りが大好きな少年だった。近所にはいつもみんなで釣りをしていた沼があった。
直径は30mほどの大きさでそれほど大きくはない沼だったが、魚はいろいろとよく釣れた。そこで、釣りの基本を学んだそうだ。
その沼なのだが、昔から「出る」と言われており日が暮れると不気味な雰囲気があった。
Oさんが中学校にあがってからは、その不気味な沼で肝試しがてらにあえて夜釣りをするのが仲間内ではやっていた。
その日の夜も家を抜けだした仲間数人と釣りに来ていた。
街灯もほとんどないその沼はちょうど新月ということもあり、真っ暗だった。Oさんは仲間から少し離れた場所で釣り糸をたらしていた。
何かが沼の水面に落ちるような水音が聞こえた。その瞬間、激しく釣竿が水中に引っ張られた。かなりの大物である。
今まで釣ったことのないような大きな獲物に最初は興奮していたOさんだが、次第に焦ってきた。引っ張っても引っ張っても、釣れる気配がないのだ。
どんどん沼に向かって引きずり込まれていくようだった。
「マズイな……」
次いつ買ってもらえるかわからない釣竿をなくすわけにはいかない中学生のOさんは必死だったが、いつしか沼に片足を踏み入れていた。
すると、その片足を何かがつかんだ。ふと見ると、それは真っ白な手だった。
「助けてくれ!」
恐怖の限界を超えると人間は声が全然出なくなるそうだ。その声は細く、とても仲間のいるところには届きそうになかった。
Oさんは自分の足をつかんでいる手をもう一方の足で踏み潰そうとした。しかし、持っている釣竿にバランスを取られてうまくいかない。
足元に意識が行き過ぎた、その瞬間、Oさんは釣竿ごと沼に引きずりこまれた。Oさんは、忘れられないという。その釣竿を引っ張っている白い手を。
足をつかむ手とまったく同じ白い色をした手が釣り糸をひっぱっていたのだった。
沼の中にOさんが倒れこむ瞬間だった。
同級生の仲間が来てくれたのだった。
「大丈夫か! みんなOが溺れとる!!」
仲間が声を上げると同時に、さっきまで白い手につかまれていた足が自由になった。さらに、釣竿にも何の力もかからなくなっていた。
集まってきた仲間たちに抱き起こされて、半泣きのままOさんは事情を説明した。最初は半信半疑だったみんなも、Oさんの足首についたアザを見て黙り込んだ。
「帰ろう」
誰ともなくつぶやいた一言をきっかけに、競うようにみんな帰る準備を始めた。慌てて釣り道具を片付けるOさんの釣竿の先に何かついていた。
それは、同級生のKの生徒手帳だった。これ以上いると、また何か起きそうだと予感したみんなは、とりあえずKの生徒手帳をOさんに託し、家にそれぞれ帰っていった。
翌日、Oさんは昨日釣り上げたKの生徒手帳を持って学校にいつもどおり登校した。
すると、学校は騒ぎになっていた。校門に警察がいて、登校してくる生徒にいろいろと事情聴取をしていたのだ。
Oさんも1人の制服を着た警官に声をかけられた。
「Kくんの行方について聞きたいんだけど?」
どうやら、昨日からKが行方不明になっているとのことだった。そこでOさんはKの生徒手帳を取り出し、あの沼で起きたことを話した。
その日の5時間目は授業が中止になり、全校集会が開かれた。Kの死体があの沼で発見されたのだった。
Oさんは真っ青になった。Oさんを掴んできたあの白い手はKのものだったのではないか?
Kを見殺しにしたのではないか?そう思って目の前が真っ暗になった。
しかし、事情はそうではなかった。Kの家庭は複雑で、最近再婚した血の繋がっていない父親がいた。
昨日の夕方、Kと口論になった義父は、Kの首を締めて殺してしまったのだ。そして、Kの死体をあの沼に沈めたのだった。
つまり、あの時間にKはすでに死んでいたのだった。では、あの白い手は一体?死んだKがOさんを道連れにするためだったのか。
それとも、見つけてくれとばかりになにかのサインを送ってきたのか……。Kは学生服のままロープで縛られて重りをつけられて沈められていたそうだ。
結果的にOさんがKの生徒手帳を釣りあげたことで事件の解決が早まったといえる。あれ以降、Oさんは沼では釣りをしなくなった。
自転車で1時間以上かけて海で釣りをするようになったという。そして、Kが死んだその命日には釣りをしない事に決めているそうだ。
それがちょうど次の収録日だったため、あれだけ熱くなってしまったのだ。正直、何年も前のことをいつまで引っ張ってるんだと思った。
しかし、Oさんが話を終えて立ち上がるときに見てしまった。Oさんの右足の足首に青いアザがあるのを……。
そこにはまるで誰かに掴まれたようなアザがクッキリと残っていた……。
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大抵、この類の番組には、久しぶりに見たなぁ、というタレントが出ているものである。かく言う自分もその1人である。
船酔いに耐えながらもテンションあげてレポートするなんて本当はしたくないのだが、生活のために見栄も外聞も捨てて必死で出演する日々である。おかげで無趣味だったオレに、釣りという趣味ができたのは幸いだった。
その番組で仲良くなったのが、番組が5周年を迎えてリニューアルと同時にレギュラーになったプロの釣り師のOさん。人柄もよく、つっこんでも怒ったりしない明るい人物である。
そのOさんが1度だけスタッフに声を荒らげたことがある。それは収録日のスケジュールについて話しているときだった。
この番組は毎週木曜日に収録しており、Oさんがレギュラーになってから、まもなく1年になるがそれは変わらず続けられていた。
次の収録日も木曜日で、という話をしていたところ、Oさんが申し訳なさそうに
「その日はちょっと……」と言い出した。
「別の日にしてくれませんか」とさらに続けた。
しかし、収録日をずらすというのは、十数名のスタッフの全員のスケジュールを動かすことになるので、カンタンにはいかない。その旨を伝えると、Oさんは声をあげた。
「オレはその日は釣りはしたくないんだ!」
プロデューサーとの話し合いが終わったOさんと、ロケ車の中で2人きりになった時を見計らって事情を聞いてみた。収録は代わりの釣り師が登場することになったようだ。
いつもは温厚なOさんに、なぜあんなにアツくなったのか? を聞いてみた。
Oさんは小さいころから、釣りが大好きな少年だった。近所にはいつもみんなで釣りをしていた沼があった。
直径は30mほどの大きさでそれほど大きくはない沼だったが、魚はいろいろとよく釣れた。そこで、釣りの基本を学んだそうだ。
その沼なのだが、昔から「出る」と言われており日が暮れると不気味な雰囲気があった。
Oさんが中学校にあがってからは、その不気味な沼で肝試しがてらにあえて夜釣りをするのが仲間内ではやっていた。
その日の夜も家を抜けだした仲間数人と釣りに来ていた。
街灯もほとんどないその沼はちょうど新月ということもあり、真っ暗だった。Oさんは仲間から少し離れた場所で釣り糸をたらしていた。
何かが沼の水面に落ちるような水音が聞こえた。その瞬間、激しく釣竿が水中に引っ張られた。かなりの大物である。
今まで釣ったことのないような大きな獲物に最初は興奮していたOさんだが、次第に焦ってきた。引っ張っても引っ張っても、釣れる気配がないのだ。
どんどん沼に向かって引きずり込まれていくようだった。
「マズイな……」
次いつ買ってもらえるかわからない釣竿をなくすわけにはいかない中学生のOさんは必死だったが、いつしか沼に片足を踏み入れていた。
すると、その片足を何かがつかんだ。ふと見ると、それは真っ白な手だった。
「助けてくれ!」
恐怖の限界を超えると人間は声が全然出なくなるそうだ。その声は細く、とても仲間のいるところには届きそうになかった。
Oさんは自分の足をつかんでいる手をもう一方の足で踏み潰そうとした。しかし、持っている釣竿にバランスを取られてうまくいかない。
足元に意識が行き過ぎた、その瞬間、Oさんは釣竿ごと沼に引きずりこまれた。Oさんは、忘れられないという。その釣竿を引っ張っている白い手を。
足をつかむ手とまったく同じ白い色をした手が釣り糸をひっぱっていたのだった。
沼の中にOさんが倒れこむ瞬間だった。
同級生の仲間が来てくれたのだった。
「大丈夫か! みんなOが溺れとる!!」
仲間が声を上げると同時に、さっきまで白い手につかまれていた足が自由になった。さらに、釣竿にも何の力もかからなくなっていた。
集まってきた仲間たちに抱き起こされて、半泣きのままOさんは事情を説明した。最初は半信半疑だったみんなも、Oさんの足首についたアザを見て黙り込んだ。
「帰ろう」
誰ともなくつぶやいた一言をきっかけに、競うようにみんな帰る準備を始めた。慌てて釣り道具を片付けるOさんの釣竿の先に何かついていた。
それは、同級生のKの生徒手帳だった。これ以上いると、また何か起きそうだと予感したみんなは、とりあえずKの生徒手帳をOさんに託し、家にそれぞれ帰っていった。
翌日、Oさんは昨日釣り上げたKの生徒手帳を持って学校にいつもどおり登校した。
すると、学校は騒ぎになっていた。校門に警察がいて、登校してくる生徒にいろいろと事情聴取をしていたのだ。
Oさんも1人の制服を着た警官に声をかけられた。
「Kくんの行方について聞きたいんだけど?」
どうやら、昨日からKが行方不明になっているとのことだった。そこでOさんはKの生徒手帳を取り出し、あの沼で起きたことを話した。
その日の5時間目は授業が中止になり、全校集会が開かれた。Kの死体があの沼で発見されたのだった。
Oさんは真っ青になった。Oさんを掴んできたあの白い手はKのものだったのではないか?
Kを見殺しにしたのではないか?そう思って目の前が真っ暗になった。
しかし、事情はそうではなかった。Kの家庭は複雑で、最近再婚した血の繋がっていない父親がいた。
昨日の夕方、Kと口論になった義父は、Kの首を締めて殺してしまったのだ。そして、Kの死体をあの沼に沈めたのだった。
つまり、あの時間にKはすでに死んでいたのだった。では、あの白い手は一体?死んだKがOさんを道連れにするためだったのか。
それとも、見つけてくれとばかりになにかのサインを送ってきたのか……。Kは学生服のままロープで縛られて重りをつけられて沈められていたそうだ。
結果的にOさんがKの生徒手帳を釣りあげたことで事件の解決が早まったといえる。あれ以降、Oさんは沼では釣りをしなくなった。
自転車で1時間以上かけて海で釣りをするようになったという。そして、Kが死んだその命日には釣りをしない事に決めているそうだ。
それがちょうど次の収録日だったため、あれだけ熱くなってしまったのだ。正直、何年も前のことをいつまで引っ張ってるんだと思った。
しかし、Oさんが話を終えて立ち上がるときに見てしまった。Oさんの右足の足首に青いアザがあるのを……。
そこにはまるで誰かに掴まれたようなアザがクッキリと残っていた……。
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