ネタ番組が無くなってきた今、芸人たちはなんとか顔を売ろうと必死なのである。
特技を見につけたり、マニアックな趣味を持ったり、オシャレをしたりとネタを考える以外にもいろいろやっているのである。
ところが、ひょんなことで名前が売れるやつもいるのである。ある有名な事務所の若手のブログの写真に、不気味な男が写っていたのだ。
自分の新しい髪型を披露するために、自分で写メを撮影したものだった。本人の後ろにボーッと青白い男が写りこんでいるのだ。
この写真はたちまちネットに広がり、さまざまなニュースサイトでも取り上げられた。また、季節がちょうど夏ということもあり、あちこちのライブやテレビの心霊企画などにも呼ばれるようになった。
それをきっかけに顔が売れた彼は、いつしか心霊に関係なくひな壇にすわるようになっていた。
彼が、心霊写真を撮らなければ、そこまで行ったかはわからない。芸能界はわからないものである。
売れた彼よりもすごいモノを撮り逃した芸人がいる。その芸人Mはオレが担当するCSの番組に使ってやったヤツで、しかもブログの写真がきっかけで売れた芸人と同期のヤツだった。
常日頃から「心霊写真で売れて、うれしいんですかねぇ」とテレビに出ている同期の悪口を言ってくさっていた。そんなMにチャンスが訪れたのだ。
収録を終えて、楽屋でグダグダとしゃべっていた時のことだった。
ふとオレが
「あえて…真冬に肝試しの企画でもやる?」
とふってみたら、スタッフにうけた。
ところが、若手のくせして生意気にもMは笑っていなかった。
「なんだよM。文句あんのかよ」
と聞くと、Mは
「オレ心霊とか、キライなんですよね」
と言い出した。
みんなそこで気づいた。やはり心霊写真をきっかけにブレイクした同期のことを気にしているのだった。
でもそこでオレはあえてMにふってみた。
「じゃあ、オマエもすごい心霊体験して話題になりゃイイじゃん」その一言を聞いたとたん、Mの目が急に輝いた。
「俺、やりますよ!」
で、いきなりその日の夜、ロケの下見といいつつ、みんなノリで心霊スポットに行くことにした。
神奈川の山間にあるトンネルがヤバイですと言ったADがさらに、「オレの友達そこで死んでます」と付け加えたところで、行き先はそこに決まった。
たしかに、気持ち悪かった。みんなもそうだっただろう。あれだけ意気込んでいたMだってきっとそうだ。
そのトンネルの入り口を前にして、思わず車を停めてしまった。はっきりとは言わないが怖かったので、Mを1人で行かせることにした。
まあ、普段の番組内でもよく見られる無茶ブリの構図だ。
最初は芸人らしく「勘弁してくださいよ」とリアクション混じりだったが、次第に「マジ……すか……」「どうしても……ですか……」など本気でいやがり始めた。
しかし、オレは許さなかった。
「オマエ、売れたいんなら、すげぇ体験してこいよ!」そう命令すると、この場所を提案したADに、トンネルの概要を説明させた。
このトンネルは今はあまり車の通らない道にあるトンネルで、建設当時、事故が発生し何人もの犠牲者が出たという。
さらに、完成してからも、なぜかトンネル内での自損事故の発生率が異常に高かったそうだ。
ドライバーに聞くと、トンネルの真ん中付近で黒い影が前を横切ったり、バックミラーを覗くとトランクをつかむ白い手が見えたり、いつしか老婆が後部座席に座っていたり、相当な数の心霊現象が起きているという。
特に1人で運転していると注意を奪われて事故を起こしてしまうようだ。
ADの先輩もこのトンネルの真ん中あたりで、何かから逃げるように猛スピードで飛ばし、ハンドル操作を誤って壁に激突し帰らぬ人となったという。
地元の人は決してやらないが、トンネルの真ん中で車を停めてクラクションを3回鳴らして窓を開けると、このトンネルに棲む霊たちの姿や声が聞こえてくるという。
「じゃあ、この車はオマエに貸すから、行ってきて」
オレはそう言い放ち、Mを送り出した。
「真ん中に着いたら、テレビ電話かけてこいよ!」
聞こえてるのか聞こえてないのか、Mは正面をまっすぐむいて、背筋を伸ばしたままトンネルの中へ車を滑らせていった。
10秒、20秒、30秒。
車の走行音が段々と薄くなっていく。
テールランプがずいぶん小さくなった。しばらくして、うっすらとブレーキ音が聞こえてきた。
どうやらトンネルの中間地点に着いたようだ。
そこでオレの携帯が鳴った。
ディスプレイの画質は悪かったが色だけは真っ青だとわかるMの顔が映っていた。
「着いたか? じゃあ鳴らせ! 3回だぞ」
オレが指示を出してから随分時間が空いた。おそらく勇気を振り絞ってるんだろう。そして、クラクションが鳴った。
パァーン、パァーン、パァーン。
鬱蒼としげる森の中にクラクションが響き渡る。そして静寂が訪れた。オレはテレビ電話でMに指示を出す。
「窓を開けろ!」
一瞬ぼう然としていたMはオレの命令に気づくと、窓を開け始めた。突然、テレビ電話から色んな声が聞こえ始めた。
呻き声、叫び声、泣き声、笑い声。人が感情のまま発するさまざまな声がテレビ電話から聞こえてきた。
オレはMに確かめた。
「おい、そっちはすごい声が聞こえないか?」
しかしMはポカンとしている。
「何も聞こえませんけど…?」
どうやら、テレビ電話のこちら側でしか聞こえていないようだ。どういう仕組かはわからないが、そこには何かがいて、その音が、声が聞こえてきているのだ。
「おいM、オマエの周りは今、霊だらけだぞ!」Mに呼びかけるが、当の本人は何も感じないのか、ケロッとしている。
「本当に霊だらけなんですか~?」
そう言って、携帯のカメラで車の外を一周ぐるりと映しだした。
後部座席には老婆が二人座っているのがわかった。そしてさらに、画面が移動すると助手席の窓の外には白い着物を着た女が。
そして運転席の開いた窓からは白い手が伸びておりハンドルを握っている。あまりの霊の多さに、M本人よりも怖くなったオレは思わず叫んだ。
「ヤバイぞ! M、戻って来い!」
テンパってるオレの声に驚いたMは電話を切り、車をバックで急発進させた。スタントマン並の速さでバックで戻ってきたMは泣いていた。
「カンベンしてくださいよ~」
でもオレは情けないとは思っていなかった。むしろ、こんなすごい体験をさせてくれたMに感謝していた。
しかも、今のテレビ電話の映像があれば、テレビ局に引っ張りだこである。今まで冴えない若手芸人だったMの転機になるかもしれない。
ところが、そうはならなかった──。
テレビ電話中は録画できない機種だったのだ。まあMに聞いたら、“映像を撮る”という考えもなかったようだったので、いずれにしろお宝映像は存在しなかったのだ。
しかも、すごい心霊体験をしたので、トークのネタになると思っていたのだが、それは映像を見てスタッフ側の話であった。
当の本人のMはただクラクションを3回鳴らしてしばらくトンネルにいただけなので、話としてはイマイチだった。
ちょっとしたライブでは話したようだが、その体験の凄さはどうやら伝わらなかったようだ。結局Mは今でもCSテレビで身体を張って頑張っている。
さらに最近では同期だけでなく、売れている後輩の悪口も言い始めた。Mの芸能生活もあまり先は長くなさそうだ。
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ところが、ひょんなことで名前が売れるやつもいるのである。ある有名な事務所の若手のブログの写真に、不気味な男が写っていたのだ。
自分の新しい髪型を披露するために、自分で写メを撮影したものだった。本人の後ろにボーッと青白い男が写りこんでいるのだ。
この写真はたちまちネットに広がり、さまざまなニュースサイトでも取り上げられた。また、季節がちょうど夏ということもあり、あちこちのライブやテレビの心霊企画などにも呼ばれるようになった。
それをきっかけに顔が売れた彼は、いつしか心霊に関係なくひな壇にすわるようになっていた。
彼が、心霊写真を撮らなければ、そこまで行ったかはわからない。芸能界はわからないものである。
売れた彼よりもすごいモノを撮り逃した芸人がいる。その芸人Mはオレが担当するCSの番組に使ってやったヤツで、しかもブログの写真がきっかけで売れた芸人と同期のヤツだった。
常日頃から「心霊写真で売れて、うれしいんですかねぇ」とテレビに出ている同期の悪口を言ってくさっていた。そんなMにチャンスが訪れたのだ。
収録を終えて、楽屋でグダグダとしゃべっていた時のことだった。
ふとオレが
「あえて…真冬に肝試しの企画でもやる?」
とふってみたら、スタッフにうけた。
ところが、若手のくせして生意気にもMは笑っていなかった。
「なんだよM。文句あんのかよ」
と聞くと、Mは
「オレ心霊とか、キライなんですよね」
と言い出した。
みんなそこで気づいた。やはり心霊写真をきっかけにブレイクした同期のことを気にしているのだった。
でもそこでオレはあえてMにふってみた。
「じゃあ、オマエもすごい心霊体験して話題になりゃイイじゃん」その一言を聞いたとたん、Mの目が急に輝いた。
「俺、やりますよ!」
で、いきなりその日の夜、ロケの下見といいつつ、みんなノリで心霊スポットに行くことにした。
神奈川の山間にあるトンネルがヤバイですと言ったADがさらに、「オレの友達そこで死んでます」と付け加えたところで、行き先はそこに決まった。
たしかに、気持ち悪かった。みんなもそうだっただろう。あれだけ意気込んでいたMだってきっとそうだ。
そのトンネルの入り口を前にして、思わず車を停めてしまった。はっきりとは言わないが怖かったので、Mを1人で行かせることにした。
まあ、普段の番組内でもよく見られる無茶ブリの構図だ。
最初は芸人らしく「勘弁してくださいよ」とリアクション混じりだったが、次第に「マジ……すか……」「どうしても……ですか……」など本気でいやがり始めた。
しかし、オレは許さなかった。
「オマエ、売れたいんなら、すげぇ体験してこいよ!」そう命令すると、この場所を提案したADに、トンネルの概要を説明させた。
このトンネルは今はあまり車の通らない道にあるトンネルで、建設当時、事故が発生し何人もの犠牲者が出たという。
さらに、完成してからも、なぜかトンネル内での自損事故の発生率が異常に高かったそうだ。
ドライバーに聞くと、トンネルの真ん中付近で黒い影が前を横切ったり、バックミラーを覗くとトランクをつかむ白い手が見えたり、いつしか老婆が後部座席に座っていたり、相当な数の心霊現象が起きているという。
特に1人で運転していると注意を奪われて事故を起こしてしまうようだ。
ADの先輩もこのトンネルの真ん中あたりで、何かから逃げるように猛スピードで飛ばし、ハンドル操作を誤って壁に激突し帰らぬ人となったという。
地元の人は決してやらないが、トンネルの真ん中で車を停めてクラクションを3回鳴らして窓を開けると、このトンネルに棲む霊たちの姿や声が聞こえてくるという。
「じゃあ、この車はオマエに貸すから、行ってきて」
オレはそう言い放ち、Mを送り出した。
「真ん中に着いたら、テレビ電話かけてこいよ!」
聞こえてるのか聞こえてないのか、Mは正面をまっすぐむいて、背筋を伸ばしたままトンネルの中へ車を滑らせていった。
10秒、20秒、30秒。
車の走行音が段々と薄くなっていく。
テールランプがずいぶん小さくなった。しばらくして、うっすらとブレーキ音が聞こえてきた。
どうやらトンネルの中間地点に着いたようだ。
そこでオレの携帯が鳴った。
ディスプレイの画質は悪かったが色だけは真っ青だとわかるMの顔が映っていた。
「着いたか? じゃあ鳴らせ! 3回だぞ」
オレが指示を出してから随分時間が空いた。おそらく勇気を振り絞ってるんだろう。そして、クラクションが鳴った。
パァーン、パァーン、パァーン。
鬱蒼としげる森の中にクラクションが響き渡る。そして静寂が訪れた。オレはテレビ電話でMに指示を出す。
「窓を開けろ!」
一瞬ぼう然としていたMはオレの命令に気づくと、窓を開け始めた。突然、テレビ電話から色んな声が聞こえ始めた。
呻き声、叫び声、泣き声、笑い声。人が感情のまま発するさまざまな声がテレビ電話から聞こえてきた。
オレはMに確かめた。
「おい、そっちはすごい声が聞こえないか?」
しかしMはポカンとしている。
「何も聞こえませんけど…?」
どうやら、テレビ電話のこちら側でしか聞こえていないようだ。どういう仕組かはわからないが、そこには何かがいて、その音が、声が聞こえてきているのだ。
「おいM、オマエの周りは今、霊だらけだぞ!」Mに呼びかけるが、当の本人は何も感じないのか、ケロッとしている。
「本当に霊だらけなんですか~?」
そう言って、携帯のカメラで車の外を一周ぐるりと映しだした。
後部座席には老婆が二人座っているのがわかった。そしてさらに、画面が移動すると助手席の窓の外には白い着物を着た女が。
そして運転席の開いた窓からは白い手が伸びておりハンドルを握っている。あまりの霊の多さに、M本人よりも怖くなったオレは思わず叫んだ。
「ヤバイぞ! M、戻って来い!」
テンパってるオレの声に驚いたMは電話を切り、車をバックで急発進させた。スタントマン並の速さでバックで戻ってきたMは泣いていた。
「カンベンしてくださいよ~」
でもオレは情けないとは思っていなかった。むしろ、こんなすごい体験をさせてくれたMに感謝していた。
しかも、今のテレビ電話の映像があれば、テレビ局に引っ張りだこである。今まで冴えない若手芸人だったMの転機になるかもしれない。
ところが、そうはならなかった──。
テレビ電話中は録画できない機種だったのだ。まあMに聞いたら、“映像を撮る”という考えもなかったようだったので、いずれにしろお宝映像は存在しなかったのだ。
しかも、すごい心霊体験をしたので、トークのネタになると思っていたのだが、それは映像を見てスタッフ側の話であった。
当の本人のMはただクラクションを3回鳴らしてしばらくトンネルにいただけなので、話としてはイマイチだった。
ちょっとしたライブでは話したようだが、その体験の凄さはどうやら伝わらなかったようだ。結局Mは今でもCSテレビで身体を張って頑張っている。
さらに最近では同期だけでなく、売れている後輩の悪口も言い始めた。Mの芸能生活もあまり先は長くなさそうだ。
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