若手芸人が世間の人に顔を覚えてもらう場としては、お笑いライブはもちろんのこと、それ以外には、TV番組の前説というものがある。
前説とは、スタジオにお客さんを入れて番組収録をする際、本番前に、面白い話を織り交ぜながら、拍手の練習をさせたり、会場内での注意事項(携帯電話の電源を切っておくとか、カメラ撮影禁止とか)を説明すること。
今売れている芸人たちも、ほとんど皆、この前説を経験していると思うが、かく言う僕も、数年前までは色んな番組の前説をさせてもらっていた芸人だ。
これは、今から7、8年ほど前の話。
当時まだ関西にいた僕たちコンビは、一部のマニアックな人たちの間ではそこそこ人気があったものの、一般ウケはなかなかせず、TVなどにはほとんど出演できなかった。
が、そんな僕たちにも前説の仕事だけはちょこちょこ入り、有り難くやらせてもらっていた。
ある日、関西では幅を利かせている大物タレントが司会を務める、人気のトークバラエティ番組の前説の仕事が舞い込んだ。
僕も相方も、その番組が大好きで、いつかは自分たちも出たいよなと話していたので、思いっきり張り切って現場入りし、大物タレントの楽屋にもご挨拶に伺った。
「今日、前説をやらせて頂きます○○(僕らのコンビ名)と申します。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」
緊張しながらも、しっかり挨拶した僕たちに、
「あぁ、ご苦労さん。よろしくね。会場、あっためといてや~」大物タレントは、気さくに返してくれた。
そして、いざ会場入りし、僕たちは小ボケを挟みながら、収録時の注意事項をお客さんに説明していった。
「間もなく収録が始まりますが、会場には3つのカメラがあります。あちらから、1カメ、2カメ、3カメ。そして、あなたは……オカメ!」
こんなベタベタなお決まりボケをかましつつ、
「ということで、このカメラなんですが、突然、客席の皆さんの顔を撮ることもありますので、その時にブスっとしてたり、アホみたいにボーっとしてたら、その顔が、あちらの大きなモニターに映し出されます。皆さん、気を付けて下さいね」
僕はそう言って、会場に設置されている大モニターを指した。
TVの公開収録に行ったことのある人ならわかると思うが、スタジオには大概、大きなモニター画面があり、その画面上に、喋っているタレントの顔が大写しになったり、時折、客席の様子が抜き出されたりする。
だから、タレントはもちろん観客もあまり気は抜けないのだ。……と、説明もひとしきり終わり、いよいよ本番。
番組のテーマ音楽が流れ出し、司会の大物タレント、レギュラーメンバーの中堅芸人、アシスタントを務める女子アナなどに続いて、その日のスペシャルゲストとしてやってきた全国区で大活躍中の某女優が登場した。
会場は一気に盛り上がり、とりわけ女優が現れた時は「お~!」「キレイ!」と大歓声が沸いた。
前説を終えた僕たちは、会場の隅っこで収録を見学させてもらっていたのだが、その女優を見た時は、あまりの美しさに感動した。
「うわぁ! TVで見るより、実物めっちゃキレイなぁ!」
「てゆうか、あの人、よう出てくれたなぁ!」
これまでローカルエリアのタレントしか見たことがなかった僕と相方はしきりに感動し、食い入るように彼女の姿を見つめていた。これは、客席のお客さんも同じだったと思うが……。
本番が始まり、大物タレントの司会っぷりも絶好調で、いつものように毒舌トークで会場を大いに盛り上げていた。
その時……大口を開けて爆笑した女優の顔がモニター画面に映し出されたのだが、次の瞬間、会場がざわつき始めた。
その理由は、女優が笑い顔から素の顔に戻る時に顔面の右半分が突然ずり落ち、左右不対称になった上、顔がピクピクと痙攣しだしたからだ。
「うわわわわ……なんや? なんや? どないしたんや?」
先ほどまでの美しかった顔がいきなり崩壊し、右目は白目をむきながら、顔の痙攣も未だ止まらない女優。
その姿が大画面に映されているものだから、会場のざわつきも止むことなく、むしろ、そのザワザワが大きくなっていった。
すると、プロデューサーが血相を変えて僕たちの元に駆け寄り、
「悪い! お前ら、ちょっと繋いでくれ!」
そう言って、僕たちをお客さんの前に放り出し、ゲストと出演者たちを引き連れて楽屋へと戻って行った。
繋げって言われても、この状況で何をすればいいのかわからなかった僕たちは、
「すいません。なんか今、大変なことが起こってるようなので……とりあえず、ネタやります!」
と、漫才やらショートコントを20分ほど披露したが、プロデューサーたちは一向に戻って来ず、どないすんねん! と思っていると、先輩芸人が次々と現れ、僕たちに代わってネタを披露した。
後で聞いた話によると、みんな、近くでフラフラしていたところをプロデューサーに呼びつけられ、繋ぎ要員として現場に投入されたらしいが、色んな芸人が入れ代わり立ち代わりで1時間ほど繋いだ後、ようやく収録が再開した。
お客さんの前に出て、事の成り行きを話す、プロデューサー。
「皆さん、この度は、途中で収録を中断してしまい、申し訳ありませんでした。先ほどゲストで来られていた女優の○○さんは、突然、体調を崩されて、お帰りになりましたので、急きょ、別の方に来て頂きました。皆さん、気持ちを新たに、ご観覧ください!」
……と、収録が再開すると、司会者もアシスタントもレギュラーメンバーも、まるで何事もなかったかのように振る舞い、急きょ差し替えられたゲストが悠々と登場した。
やって来たのは、関西ではお馴染みのイジられキャラの親父タレントで、会場からはブーイングの嵐だったが、トーク自体は非常に面白く、番組収録は大盛り上がりで終了した。
収録後、僕と相方はプロデューサーの元に挨拶に行き、そのついでに聞いた。
「あの女優さん、どうしたんですか? なんで急に帰ったんですか?」
プロデューサーは、
「お前ら、絶対、言うなよ!」
そう念押ししてから、事実を教えてくれた。
「あの人、最近、整形したらしいねん。失敗したみたいやわ。小顔に見せようと思って、両方のこめかみにメス入れて糸で吊ってたらな、その糸が片方だけ解けて、顔の筋肉がおかしくなったんやて」
本当は、そんなこと、死んでも教えたくなかっただろうが、皆に迷惑をかけて悪いと思ったマネージャーが打ち明けたそうだ。
今現在、東京でちょこちょこTVに出させてもらっている僕たちは、ごくたまにTV局で例の女優を見かけることがあるのだが、彼女を見る度に、あの時の記憶が頭の中に蘇る。
PR
ゲーム売れ筋ランキング
本の売れ筋ランキング
家電・カメラ の 人気度ランキング
新着ランキングを見る
ほしい物ランキングを見る
人気ギフトランキングを見る
前説とは、スタジオにお客さんを入れて番組収録をする際、本番前に、面白い話を織り交ぜながら、拍手の練習をさせたり、会場内での注意事項(携帯電話の電源を切っておくとか、カメラ撮影禁止とか)を説明すること。
今売れている芸人たちも、ほとんど皆、この前説を経験していると思うが、かく言う僕も、数年前までは色んな番組の前説をさせてもらっていた芸人だ。
これは、今から7、8年ほど前の話。
当時まだ関西にいた僕たちコンビは、一部のマニアックな人たちの間ではそこそこ人気があったものの、一般ウケはなかなかせず、TVなどにはほとんど出演できなかった。
が、そんな僕たちにも前説の仕事だけはちょこちょこ入り、有り難くやらせてもらっていた。
ある日、関西では幅を利かせている大物タレントが司会を務める、人気のトークバラエティ番組の前説の仕事が舞い込んだ。
僕も相方も、その番組が大好きで、いつかは自分たちも出たいよなと話していたので、思いっきり張り切って現場入りし、大物タレントの楽屋にもご挨拶に伺った。
「今日、前説をやらせて頂きます○○(僕らのコンビ名)と申します。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」
緊張しながらも、しっかり挨拶した僕たちに、
「あぁ、ご苦労さん。よろしくね。会場、あっためといてや~」大物タレントは、気さくに返してくれた。
そして、いざ会場入りし、僕たちは小ボケを挟みながら、収録時の注意事項をお客さんに説明していった。
「間もなく収録が始まりますが、会場には3つのカメラがあります。あちらから、1カメ、2カメ、3カメ。そして、あなたは……オカメ!」
こんなベタベタなお決まりボケをかましつつ、
「ということで、このカメラなんですが、突然、客席の皆さんの顔を撮ることもありますので、その時にブスっとしてたり、アホみたいにボーっとしてたら、その顔が、あちらの大きなモニターに映し出されます。皆さん、気を付けて下さいね」
僕はそう言って、会場に設置されている大モニターを指した。
TVの公開収録に行ったことのある人ならわかると思うが、スタジオには大概、大きなモニター画面があり、その画面上に、喋っているタレントの顔が大写しになったり、時折、客席の様子が抜き出されたりする。
だから、タレントはもちろん観客もあまり気は抜けないのだ。……と、説明もひとしきり終わり、いよいよ本番。
番組のテーマ音楽が流れ出し、司会の大物タレント、レギュラーメンバーの中堅芸人、アシスタントを務める女子アナなどに続いて、その日のスペシャルゲストとしてやってきた全国区で大活躍中の某女優が登場した。
会場は一気に盛り上がり、とりわけ女優が現れた時は「お~!」「キレイ!」と大歓声が沸いた。
前説を終えた僕たちは、会場の隅っこで収録を見学させてもらっていたのだが、その女優を見た時は、あまりの美しさに感動した。
「うわぁ! TVで見るより、実物めっちゃキレイなぁ!」
「てゆうか、あの人、よう出てくれたなぁ!」
これまでローカルエリアのタレントしか見たことがなかった僕と相方はしきりに感動し、食い入るように彼女の姿を見つめていた。これは、客席のお客さんも同じだったと思うが……。
本番が始まり、大物タレントの司会っぷりも絶好調で、いつものように毒舌トークで会場を大いに盛り上げていた。
その時……大口を開けて爆笑した女優の顔がモニター画面に映し出されたのだが、次の瞬間、会場がざわつき始めた。
その理由は、女優が笑い顔から素の顔に戻る時に顔面の右半分が突然ずり落ち、左右不対称になった上、顔がピクピクと痙攣しだしたからだ。
「うわわわわ……なんや? なんや? どないしたんや?」
先ほどまでの美しかった顔がいきなり崩壊し、右目は白目をむきながら、顔の痙攣も未だ止まらない女優。
その姿が大画面に映されているものだから、会場のざわつきも止むことなく、むしろ、そのザワザワが大きくなっていった。
すると、プロデューサーが血相を変えて僕たちの元に駆け寄り、
「悪い! お前ら、ちょっと繋いでくれ!」
そう言って、僕たちをお客さんの前に放り出し、ゲストと出演者たちを引き連れて楽屋へと戻って行った。
繋げって言われても、この状況で何をすればいいのかわからなかった僕たちは、
「すいません。なんか今、大変なことが起こってるようなので……とりあえず、ネタやります!」
と、漫才やらショートコントを20分ほど披露したが、プロデューサーたちは一向に戻って来ず、どないすんねん! と思っていると、先輩芸人が次々と現れ、僕たちに代わってネタを披露した。
後で聞いた話によると、みんな、近くでフラフラしていたところをプロデューサーに呼びつけられ、繋ぎ要員として現場に投入されたらしいが、色んな芸人が入れ代わり立ち代わりで1時間ほど繋いだ後、ようやく収録が再開した。
お客さんの前に出て、事の成り行きを話す、プロデューサー。
「皆さん、この度は、途中で収録を中断してしまい、申し訳ありませんでした。先ほどゲストで来られていた女優の○○さんは、突然、体調を崩されて、お帰りになりましたので、急きょ、別の方に来て頂きました。皆さん、気持ちを新たに、ご観覧ください!」
……と、収録が再開すると、司会者もアシスタントもレギュラーメンバーも、まるで何事もなかったかのように振る舞い、急きょ差し替えられたゲストが悠々と登場した。
やって来たのは、関西ではお馴染みのイジられキャラの親父タレントで、会場からはブーイングの嵐だったが、トーク自体は非常に面白く、番組収録は大盛り上がりで終了した。
収録後、僕と相方はプロデューサーの元に挨拶に行き、そのついでに聞いた。
「あの女優さん、どうしたんですか? なんで急に帰ったんですか?」
プロデューサーは、
「お前ら、絶対、言うなよ!」
そう念押ししてから、事実を教えてくれた。
「あの人、最近、整形したらしいねん。失敗したみたいやわ。小顔に見せようと思って、両方のこめかみにメス入れて糸で吊ってたらな、その糸が片方だけ解けて、顔の筋肉がおかしくなったんやて」
本当は、そんなこと、死んでも教えたくなかっただろうが、皆に迷惑をかけて悪いと思ったマネージャーが打ち明けたそうだ。
今現在、東京でちょこちょこTVに出させてもらっている僕たちは、ごくたまにTV局で例の女優を見かけることがあるのだが、彼女を見る度に、あの時の記憶が頭の中に蘇る。
PR
ゲーム売れ筋ランキング
本の売れ筋ランキング
家電・カメラ の 人気度ランキング
新着ランキングを見る
ほしい物ランキングを見る
人気ギフトランキングを見る
PR