「いくらお金が無くても、住む場所は選んだほうがいいですよ」
俳優の卵のEは言う。Eはたまにエキストラの仕事が入る程度で、バイトをかけ持ちしてなんとか生活している。そんなEが、ある理由で借金をしてまで引越しを決めた。
それまでEが住んでいたアパートは、「ここ、人が住めるのか?」と思うくらいに老朽化し、近所では「コーポお化け屋敷」と呼ばれていた。
それでもお金の無いEは、安い家賃に惹かれてその物件に入居したのだった。
──ドンドンドン!
ある日の深夜、Eの部屋のドアをノックする音が響いた。眠りに入る寸前だったEは、突然の大きな音に飛び起きた。
「誰だよ、こんな時間に……」
宅配便の人も来たがらないようなお化けアパートに、深夜の来客……Eの眠気は、玄関の向こうにいる来客にすっかり消されてしまった。
「……ど、どちらさまですか?」
「あの、隣に住んでいる者ですが……」
か細い声の女である。
幽霊の声だと言われたら信じてしまいそうなほど、弱々しい声だった。
あまり開けたくないが、隣人であるならば開けたほうが良いだろう。Eはゆっくりとドアを開けた。
「えっ」
女の姿を見て、Eは思わず声を漏らしてしまった。最初、老婆が立っているのかと思った。しかしよく見てみると、髪の毛は真っ白だが、顔は三十代前半くらいなのだ。
白いワンピースの袖から出た腕は病的に痩せていた。
「な、なんでしょうか?」
「寄付を、お願いします」
女はブリキの貯金箱を差し出してきた。
「は、はい?」
深夜に年齢不詳の白髪女が、寄付を要求してきている。Eの頭の中は、「恐怖」と「?」でいっぱいになった。
「世界には、ご飯を食べられずに死んでいく子供がたくさんいます。その子供達に、温かいスープを」
戸惑うEを全く気にせず、説明を始める女。どうしてこんな深夜に、まずお前がご飯食べろよ、俺だってカツカツの生活なのだ……言いたい言葉はたくさん思い浮かんだが、一応、隣人である。
「すみません、とても素敵な行動だとは思いますが、僕も毎日ギリギリの生活をしているんです。なので募金はちょっと……」
Eは出来る限り丁寧な言葉で断った。
すると女は、
「そうですか、わかりました」
と、意外にもあっさりと退いた。
「なんだったんだ……」
とりあえず一安心したEは、ドアを閉めてサッサと寝てしまった。
しかしそれから、隣人の女は昼夜問わず募金を頼みにやってくるようになった。
律儀にも「隣人だから」と毎回応対していたEだったが、1ヶ月ほどたったある日、ついに我慢も限界になって居留守を使った。女はしばらくノックを繰り返した後、
──ガチャガチャガチャ!
無理矢理ドアを開けようとしてきたのだ。
さすがに参ってしまったEは、
「何回来ても募金はできません。僕にはお金が無いんです」と、きっぱり断った。本当は小銭くらい募金できたが、ここで払ったら余計に寄生されると思った。
Eの言葉を聞いた女は、「そうですか」と、いつものように帰っていくのだった。次の日。Eはアルバイトに行く途中、携帯型のゲーム機を家に忘れた事に気がついた。
休憩時間や移動中に暇を潰すために、3日前に奮発して買ったものである。引き返して家に向かっている途中、Eは重大なことを思い出した。
「鍵、閉めてない……」
Eの全身から、一気に冷たい汗が吹き出した。居留守を使った時の、女のあの行動を思い出したからだ。
もしも今、あの女が部屋に来ていたら……家に向かう足が、自然に速くなった。家の前までたどり着いたEは、意を決して玄関のドアを開けた。
……誰もいない。
「あぁ、よかった……」
Eは脱力し、ふらふらと携帯ゲームを取りに部屋に入った。
──カチ……カチ……カチ……。
部屋のどこかから、爪で何かを弾いているような音が聞こえてきた。
「なんだ、この音……」
Eが耳を澄ませる。それはどうやら押入れの中から聞こえてきている。
「なんだよ……」
ゆっくりと押入れに近づいていくE。
──カチ……カチ……カチ……。
やはりその音は、押入れの中から聞こえてくる。Eは思い切って、押入れのドアを開け放った。
──ガラッ。
──……カチ……カチ……カチ……。
押入れの中で、隣人の女が体育座りをして携帯ゲームをやっていた。女は長い爪でボタンを弾きながら、驚きのあまり声も出せないEの姿を認めると、目を見開いてこう言った。
「お金、無いんじゃなかったの?」
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俳優の卵のEは言う。Eはたまにエキストラの仕事が入る程度で、バイトをかけ持ちしてなんとか生活している。そんなEが、ある理由で借金をしてまで引越しを決めた。
それまでEが住んでいたアパートは、「ここ、人が住めるのか?」と思うくらいに老朽化し、近所では「コーポお化け屋敷」と呼ばれていた。
それでもお金の無いEは、安い家賃に惹かれてその物件に入居したのだった。
──ドンドンドン!
ある日の深夜、Eの部屋のドアをノックする音が響いた。眠りに入る寸前だったEは、突然の大きな音に飛び起きた。
「誰だよ、こんな時間に……」
宅配便の人も来たがらないようなお化けアパートに、深夜の来客……Eの眠気は、玄関の向こうにいる来客にすっかり消されてしまった。
「……ど、どちらさまですか?」
「あの、隣に住んでいる者ですが……」
か細い声の女である。
幽霊の声だと言われたら信じてしまいそうなほど、弱々しい声だった。
あまり開けたくないが、隣人であるならば開けたほうが良いだろう。Eはゆっくりとドアを開けた。
「えっ」
女の姿を見て、Eは思わず声を漏らしてしまった。最初、老婆が立っているのかと思った。しかしよく見てみると、髪の毛は真っ白だが、顔は三十代前半くらいなのだ。
白いワンピースの袖から出た腕は病的に痩せていた。
「な、なんでしょうか?」
「寄付を、お願いします」
女はブリキの貯金箱を差し出してきた。
「は、はい?」
深夜に年齢不詳の白髪女が、寄付を要求してきている。Eの頭の中は、「恐怖」と「?」でいっぱいになった。
「世界には、ご飯を食べられずに死んでいく子供がたくさんいます。その子供達に、温かいスープを」
戸惑うEを全く気にせず、説明を始める女。どうしてこんな深夜に、まずお前がご飯食べろよ、俺だってカツカツの生活なのだ……言いたい言葉はたくさん思い浮かんだが、一応、隣人である。
「すみません、とても素敵な行動だとは思いますが、僕も毎日ギリギリの生活をしているんです。なので募金はちょっと……」
Eは出来る限り丁寧な言葉で断った。
すると女は、
「そうですか、わかりました」
と、意外にもあっさりと退いた。
「なんだったんだ……」
とりあえず一安心したEは、ドアを閉めてサッサと寝てしまった。
しかしそれから、隣人の女は昼夜問わず募金を頼みにやってくるようになった。
律儀にも「隣人だから」と毎回応対していたEだったが、1ヶ月ほどたったある日、ついに我慢も限界になって居留守を使った。女はしばらくノックを繰り返した後、
──ガチャガチャガチャ!
無理矢理ドアを開けようとしてきたのだ。
さすがに参ってしまったEは、
「何回来ても募金はできません。僕にはお金が無いんです」と、きっぱり断った。本当は小銭くらい募金できたが、ここで払ったら余計に寄生されると思った。
Eの言葉を聞いた女は、「そうですか」と、いつものように帰っていくのだった。次の日。Eはアルバイトに行く途中、携帯型のゲーム機を家に忘れた事に気がついた。
休憩時間や移動中に暇を潰すために、3日前に奮発して買ったものである。引き返して家に向かっている途中、Eは重大なことを思い出した。
「鍵、閉めてない……」
Eの全身から、一気に冷たい汗が吹き出した。居留守を使った時の、女のあの行動を思い出したからだ。
もしも今、あの女が部屋に来ていたら……家に向かう足が、自然に速くなった。家の前までたどり着いたEは、意を決して玄関のドアを開けた。
……誰もいない。
「あぁ、よかった……」
Eは脱力し、ふらふらと携帯ゲームを取りに部屋に入った。
──カチ……カチ……カチ……。
部屋のどこかから、爪で何かを弾いているような音が聞こえてきた。
「なんだ、この音……」
Eが耳を澄ませる。それはどうやら押入れの中から聞こえてきている。
「なんだよ……」
ゆっくりと押入れに近づいていくE。
──カチ……カチ……カチ……。
やはりその音は、押入れの中から聞こえてくる。Eは思い切って、押入れのドアを開け放った。
──ガラッ。
──……カチ……カチ……カチ……。
押入れの中で、隣人の女が体育座りをして携帯ゲームをやっていた。女は長い爪でボタンを弾きながら、驚きのあまり声も出せないEの姿を認めると、目を見開いてこう言った。
「お金、無いんじゃなかったの?」
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