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“今、売り出し中のアイドル”として8年前に売りに出され、そろそろアイドルって呼べる年齢でもなくなってきたM子です。

今は深夜のバラエティ番組や通販番組にちょこちょこ出させて頂いて、なんとか暮らしていけるだけのお金を稼いでいる私ですが、昔は本当に仕事が無く、たまに写真撮影の仕事が入っても、それはプロのカメラマンが撮るのではなくアマチュアカメラマンが撮る、いわゆる「撮影会」と呼ばれるものでした。

撮影会はイベント企業やカメラ企業が開催するケースが多いのですが、芸能事務所が自社のタレントを起用して行うこともあり、そこにカメラ小僧たちが集って腕を磨きあうのです。

そういった場に呼ばれるのが、駆け出しのアイドルやモデル、レースクイーンだったりするのですが、この撮影会を甘く見てはいけません。

実際、これをきっかけに人気を獲得するアイドルもいるんですから。今からお話しするのは、私がまだ本当に“今、売り出し中のアイドル”だった頃のこと。

たまに入ってくる撮影会の仕事をこなしていた時、1人の男性と出逢いました。撮影が終わり、その場を去ろうとする私の元に駆け寄ってメモを渡す男性。

そのメモには当然のことながら彼の連絡先が書かれてあり、正直こういったことは珍しくもなんともありません。

駆け出しのアイドルだと敷居が低いと思うのか、あわよくば……という気持ちで連絡先をよこしてくる男は多かったのです。

そういう場合、私は「どうも」と笑顔で受け取って、後で必ず捨てていましたが、その時の彼はあまりに私のタイプで、気が付けば「今日はありがとう」という件名でメールを送信していました。
 
それからというもの、彼と私は週に3回ぐらいのペースで会うようになり、お互いの家も行き来する仲になったんですが……彼の家に初めてお邪魔した時はビックリしました。

部屋が散らかっているのはまあいいとして、玄関、廊下、リビング、寝室と、至る所にフィギュアがゴチャゴチャ並べられているのです。

私はこれを見て初めて、この人はフィギュア好きだったんだと知り、私のことをいいなと思ったのも、彼の好きなアニメキャラクターに雰囲気が似ているからという理由でした。

その時は「なるほどぉ、そうだったのか」と特に傷つくこともなく、コレクションの数々を眺めては「すごいなぁ」と感心していたんです。

その後、私は彼の家にちょいちょい遊びに行っては、料理を作ったり掃除をしたりと、早くも女房気取りだったんですが、彼から「絶対フィギュアには触らないように」と強く言われていたので、それだけはきちんと守っていました。

ところが、ある日、いつものように彼の寝室を掃除していると、掃除機が棚に当たってしまい、その衝撃でフィギュアが何体か床に落ちてしまったんです。

これはヤバい! と、慌てて拾ってみたところ、フィギュアたちはみな無事で、ホッと胸を撫で下ろしながら慎重に丁寧に彼らを元あった場所へと戻しました。

それから3日ほど経った頃です。携帯電話に登録していないアドレスからメールが届きました。

誰だろう? と思って本文を読んでみると、それは仲良しの女友達まりりんからのものでした。

「M子、来週の金曜ヒマ? 空いてたら飲みに行こうよ! まり」

私は、まりりんアドレス変えたのかな? 変えたわりには超自然にメールしてくるなと思いながら返信しました。

「空いてるよ~♪ 行こう行こう! ところで、まりりんアドレス変えたの? このアドレス登録してなかったから、一瞬、誰だかわかんなかったよ」

このメッセージに対して、まりりんから返ってきたのは

「え? 変えてないよ。ずっとこのままなんだけど……」

という、なんとも不可解な答え。
おかしいなぁと思った私は、携帯の電話帳を開き、まりりんの連絡先を確認してみると……無いんです。

彼女の電話番号とアドレスはおろか、その名前すら消えていたんです。

え? なんで? 疎遠になった人の連絡先を消すことはあっても、親友クラスの彼女のものは、たとえどんなに泥酔しても消すはずがありません。

私はこの時、なんだかとても奇妙な胸騒ぎがしたんです。そして、奇怪な出来事はその後もまだまだ続きました。

ある時は、自分で送った覚えの無いメールが友人の元に届き、それも支離滅裂な内容になっているようで、心配した友人が「どうしたの?」と電話をくれたり、また、ある時は、私が数少ないファンとの交流の場として設けていたブログが全消去されたり……一体、誰が何のためにやっているのかわからない嫌がらせでした。

そんな折、久々に彼の家に遊びに行き、最近の出来事を事細かに報告すると、

「大丈夫だよ。嫌なことはそんなに長く続かない。そのうちきっと、無くなるよ」

そう言ってくれたので、安心して、その日は彼の家でぐっすりと眠りました。翌朝、目を覚ました私は、2人分の朝食を作ろうとキッチンへ向かうと、思わず腰を抜かしました。

私の視線の先にあったのは、洗い桶の中でプカプカと浮いているピンク色の携帯電話。まぎれもなく私のものです。これは一体どういうこと誰が? と考えるまでもなく、犯人として思い浮かぶ人物は1人しかいません。

私は恐る恐る、まだ寝ていた彼の枕元に立って言いました。

「ねえ、私の携帯、なんで、あんなことになってるの?」

「………………」

「今までのおかしなこと、あれも全部あなただったの? ねえ……ねえってば!」

「………………」

長い沈黙の後、彼が一言。

「1体のズレに対して1個消去。お互いを平等化するため」

最初は意味が全くわからず「は?」と聞き返すと、彼はさらに答えました。

「君が掃除をする度にフィギュアの位置が微妙にズレてる。ちょっとぐらいなら許せるけれど、この間は派手に落としてくれたよね? 傷が付いてなかったから良かったものの、あれでフィギュア間の距離が崩れた。

秩序が乱れてしまったんだ。だから、その制裁として、1体のズレにつき1個ずつ、君の楽しみを消しただけ」

眠そうな目をこすりながら、そんな陰湿で恐ろしいことを淡々と話す彼が私は心底怖くなりました。

そして、これ以上この人と付き合っていくのは無理だと思い、意を決して別れ話を切り出すと、彼はあっさり言いました。

「フィギュア以上に君を好きになれなくて、ゴメン」

生身の人間を愛することができず、常人では思いつかない仕返しを考案できるあの男が、いつか罪を犯すのではないかと、私は今でも心配しています。
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