その日、ベテラン俳優の木村さん(仮名)は地方の旅番組ロケのため、愛知県まで前ノリで来ていた。
前ノリとは、翌日仕事のある場所に前日から入っておくコトである。
木村さんは東京でのドラマ撮影を終えてすぐ、最終の新幹線に飛び乗り愛知県に入った。時刻はすでに夜遅く、翌日のロケは朝一番から。
木村さんは連日のドラマ撮影で疲れていて、一刻も早くホテルで休みたかった。しかし、あろうことかマネージャーのミスでホテルの予約が取れていなかった。
鬼の形相で「何やってんだよバカ! 早く違うホテル探せよ!」とマネージャーを怒鳴りつける木村さん。
マネージャーは手あたり次第近くのホテルに電話をかけまくったが、その日が週末だったからか繁華街にある主要ホテルはどこも満室だったという。
しばらくしてやっと見つかったのは繁華街から少し離れたところにあるビジネスホテル。雨の中タクシーを飛ばし着いたそこは、到底ホテルとは思えないほどにボロいビルだった。
受付には薄汚いスーツを来た中年男が一人ポツンと立っていて、チェックインの手続きも終始無愛想だったという。
「こんな安っぽいホテルに泊まるの何十年ぶりだよ」
木村さんは苛立ちながらチェックインをすませキーを受け取ると、すぐにエレベーターに乗り部屋に向かった。
ドアを開け荷物を床にドサッと放り、電気を点けると、ベッドで寝ている知らない男と目が合った。
「うわっ」
木村さんは驚き後ずさりをした。その男は坊主頭の若い青年で、不思議そうな顔をして木村さんの方を見ていた。
「あっ、すいません」
木村さんはそう言うとすぐに部屋から出てフロントに走った。キーに書かれた部屋番号は間違いなくその部屋だった。
「おい! どういう事だよ! 先客がいたぞコラ!」
「……あぁ、そうですか」
フロントマンは特に悪びれた様子もなく、すぐに違う部屋のキーを渡してきたという。
そのけったいな態度に怒る気力すらなくした木村さんは心の中で「最悪だよ、このホテル……」と呟きながら指定された別の部屋に入った。そこには先客はおらず、安心してベッドで横になり眠りにつこうとした矢先だった。
コンコン──。 コンコン──。
ドアを連続でノックする音。
時間はすでに深夜1時半を回っていた。
木村さんは「マネージャーか?」と思ったが、別の部屋になった事を伝えていないのでそれはなかった。
不機嫌に体を起こし覗き穴からドアの外を見ると、さっきの部屋で見た坊主頭の青年が立っていた。
長袖長ズボンの白い体操着のような服を上下に着ていた。木村さんは不気味に感じながらも、「さっきのコトを怒って文句でも言いにきたのか?」と思い、それならばフロントの手違いだった事を伝えようとドアを開けた。
すると、その向こうにいたはずの青年は忽然と消えていた──。
「えっ?」
呆気にとられた次の瞬間、木村さんの右肩を後ろから何者かの手がグッと掴んだ。反射的に振り向くと、軍服姿の中年男性が真後ろに立っていた。
そして思わず腰を抜かしへたり込んだ木村さんに、
「どうした? 緊急召集か?」
と声をかけてきたという。
口元には立派なヒゲをたくわえていて、腕には腕章をしていた。木村さんは部屋を飛び出しロビーに走った。そしてフロントマンにその事を話すと、苦笑いしながらこう答えたという。
「実はこのホテル、前に日本軍の駐屯地があった場所に建てられてまして、昔の軍人さんがよく泊まりにいらっしゃるんですよ。そのおかげで商売あがったりですけど。まぁなんというか、我慢して貰うしかないですね。」
結局、木村さんは近くの漫画喫茶で眠りについたそうだ。
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前ノリとは、翌日仕事のある場所に前日から入っておくコトである。
木村さんは東京でのドラマ撮影を終えてすぐ、最終の新幹線に飛び乗り愛知県に入った。時刻はすでに夜遅く、翌日のロケは朝一番から。
木村さんは連日のドラマ撮影で疲れていて、一刻も早くホテルで休みたかった。しかし、あろうことかマネージャーのミスでホテルの予約が取れていなかった。
鬼の形相で「何やってんだよバカ! 早く違うホテル探せよ!」とマネージャーを怒鳴りつける木村さん。
マネージャーは手あたり次第近くのホテルに電話をかけまくったが、その日が週末だったからか繁華街にある主要ホテルはどこも満室だったという。
しばらくしてやっと見つかったのは繁華街から少し離れたところにあるビジネスホテル。雨の中タクシーを飛ばし着いたそこは、到底ホテルとは思えないほどにボロいビルだった。
受付には薄汚いスーツを来た中年男が一人ポツンと立っていて、チェックインの手続きも終始無愛想だったという。
「こんな安っぽいホテルに泊まるの何十年ぶりだよ」
木村さんは苛立ちながらチェックインをすませキーを受け取ると、すぐにエレベーターに乗り部屋に向かった。
ドアを開け荷物を床にドサッと放り、電気を点けると、ベッドで寝ている知らない男と目が合った。
「うわっ」
木村さんは驚き後ずさりをした。その男は坊主頭の若い青年で、不思議そうな顔をして木村さんの方を見ていた。
「あっ、すいません」
木村さんはそう言うとすぐに部屋から出てフロントに走った。キーに書かれた部屋番号は間違いなくその部屋だった。
「おい! どういう事だよ! 先客がいたぞコラ!」
「……あぁ、そうですか」
フロントマンは特に悪びれた様子もなく、すぐに違う部屋のキーを渡してきたという。
そのけったいな態度に怒る気力すらなくした木村さんは心の中で「最悪だよ、このホテル……」と呟きながら指定された別の部屋に入った。そこには先客はおらず、安心してベッドで横になり眠りにつこうとした矢先だった。
コンコン──。 コンコン──。
ドアを連続でノックする音。
時間はすでに深夜1時半を回っていた。
木村さんは「マネージャーか?」と思ったが、別の部屋になった事を伝えていないのでそれはなかった。
不機嫌に体を起こし覗き穴からドアの外を見ると、さっきの部屋で見た坊主頭の青年が立っていた。
長袖長ズボンの白い体操着のような服を上下に着ていた。木村さんは不気味に感じながらも、「さっきのコトを怒って文句でも言いにきたのか?」と思い、それならばフロントの手違いだった事を伝えようとドアを開けた。
すると、その向こうにいたはずの青年は忽然と消えていた──。
「えっ?」
呆気にとられた次の瞬間、木村さんの右肩を後ろから何者かの手がグッと掴んだ。反射的に振り向くと、軍服姿の中年男性が真後ろに立っていた。
そして思わず腰を抜かしへたり込んだ木村さんに、
「どうした? 緊急召集か?」
と声をかけてきたという。
口元には立派なヒゲをたくわえていて、腕には腕章をしていた。木村さんは部屋を飛び出しロビーに走った。そしてフロントマンにその事を話すと、苦笑いしながらこう答えたという。
「実はこのホテル、前に日本軍の駐屯地があった場所に建てられてまして、昔の軍人さんがよく泊まりにいらっしゃるんですよ。そのおかげで商売あがったりですけど。まぁなんというか、我慢して貰うしかないですね。」
結局、木村さんは近くの漫画喫茶で眠りについたそうだ。
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