とある貧乏な若手芸人が体験した引っ越しにまつわる話です。
彼はまったく売れていない若手芸人で、月々のギャラはあっても数千円なんて事がほとんど。
ライブに出るために逆にお金を払って自分でチケットを買っていることもあり、トータルで大赤字。
そんな状態が2年くらい続いていた彼は、借りていたアパートの家賃が払えずとうとう追い出されてしまいました。
その後、先輩芸人の家に転がりこんで、なんとか彼は雨露をしのいでいました。そして、その先輩に紹介してもらった風俗案内所のバイトの時給がかなり良く、再び1人暮らしすることになったんです。
彼は意気揚々と不動産屋に出掛けていき、新宿の中で一番安いアパートを指名したそうです。安いアパートと言えば“いわくつき”が当たり前のはずなんですが、彼はおかまいなしでした。
僕も止めたんですが、彼いわく「霊感がないから大丈夫」だと。
さらに続けてこう言い放ちました。
「霊が見えたら、それをトークのネタにしてやりますよ」
普段からそう言っていた彼は、新宿にある不動産屋を片っ端から飛び込んで「一番安いアパートを見せてくれ」と頼んで見せてもらっていたそうです。
ところが、彼が気に入る物件は中々ありませんでした。
霊が出たから……。
ではなく、アッチ系の怖い団体の人たちが住んでいる物件ばかりだから、だそうです。
若手芸人はネタ合わせや仲間での飲み会など部屋で大声を出すことが多いので、それがトラブルの元になるのは日常茶飯事。
ましてや相手がアッチ系の怖い人たちであれば、命すら保証はされません。いくら家賃が安くても死んでは意味がありません。
良い部屋はなかなか見つからず、2週間ほど新宿中の安い物件を探していた彼は、横のつながりが太い不動産屋さんの間でちょっとした話題になっていたそうです。
その日、彼が初めて入った不動産屋で一言、
「一番安いアパートを見せてくれ」
と言うと、不動産屋のオヤジにニヤニヤ笑われながら迎え入れられたそうです。
ちょっとした有名人だよ、と不動産屋のオヤジから告げられた彼は調子に乗って、ここ2週間新宿中を駆け回った苦労をグチ半分、自慢半分で得意げに話しました。
すると、ニヤニヤ笑っていたオヤジがさらにニヤけた顔を見せて
「うちしか扱っていない、とびっきりの物件あるよ」
と奥から一枚の間取図を取り出してきました。間取を見せてもらうと、特に変わった特徴もなくいわゆるオーソドックスな“四畳半”の和室のアパートでした。
築年数は20代の彼の年齢の二倍はありましたが、家賃の安さは破格で、今のバイトを2日もやれば払えてしまえる、そんな額でした。
「気に入ったんですが、周りに怖いお兄さんたちの事務所があったりしませんか?」
とホホに斜めの線を入れるジェスチャーをしながら彼が尋ねると、ニヤけたオヤジは大きく首を振りながら、
「大丈夫です。霊が出るだけですから」とそう言ったオヤジは試すような目で彼を見てきました。
「ネ、ネタになるんで、それでもいいッスよ」
内心の動揺を隠すようにおどけた調子で答えた彼は、不動産屋のオヤジの車でそのアパートへ向かったそうです。
そのアパートの場所は詳しくは書けませんが、新宿の古い街並みが残る区画にあるそうです。
彼が着いた時は昼飯時で、あたりは焼き魚の匂いや野菜を炒める音であふれていました。不動産屋のオヤジにうながされるまま、そのアパートの部屋の前に立つとカギを渡されました。
ニヤニヤしたオヤジの顔は相変わらず「ビビってんだろ?」と挑発するかのよう。カギを差し入れおそるおそる開けた室内は、あまりにも平和でした。
昼下がりの日差しが差し込む四畳半。霊が出ると言われていた彼は拍子抜けしました。
部屋の中に上がり込みあちこち見てみますが、まったくイヤな気配も何も感じません。本当に普通の和室だったそうです。
「僕、ここに決めますよ」
霊感がない俺には何も見えないんだ、と安心した彼は押し入れのふすまを開けながら不動産屋のオヤジに告げました。
意外な事にそのオヤジの顔からニヤついた表情が消えて、ただ一点を死んだ魚の様な目で見つめていました。
不思議に思った彼がその視線の先を追うと、今開けたばかりの押し入れの上の段に正座した老婆が座っていました。
「やっぱりまだ居やがったのか……」
びっしりと御札が貼られた押し入れの中に、あまりにもハッキリと見える真っ青な顔をした老婆……の霊。その老婆の霊が正座した自分の膝を見つめていたそうです。
今までの幽霊の概念をくつがえすその存在にあっけに取られた彼は、声も出せず老婆を見つめるしかありませんでした。
「ただ居るだけだから。良かったらここに決める?」
挑発的な口調とは裏腹にこわばった顔のままの不動産屋のオヤジは、押し入れのふすまをそっと閉めました。
慌てて飛び出した彼が、その後不動産屋に聞いたところによると、その部屋に義理の娘と住んでいたおばあさんが、寝たきりになった後に激しい虐待を受けていたそうです。
そして、最後は押し入れの中で衰弱死させられたとの事。ハッキリと霊魂が見えるのは、相当強い想いを残して命を落としたからなんでしょうか。
彼は結局、その光景がトラウマになったのか、今では押し入れのある和室ではなく洋室の部屋に住んでいます。
ただ、今でもクローゼットを開けるのが怖いそうです。
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彼はまったく売れていない若手芸人で、月々のギャラはあっても数千円なんて事がほとんど。
ライブに出るために逆にお金を払って自分でチケットを買っていることもあり、トータルで大赤字。
そんな状態が2年くらい続いていた彼は、借りていたアパートの家賃が払えずとうとう追い出されてしまいました。
その後、先輩芸人の家に転がりこんで、なんとか彼は雨露をしのいでいました。そして、その先輩に紹介してもらった風俗案内所のバイトの時給がかなり良く、再び1人暮らしすることになったんです。
彼は意気揚々と不動産屋に出掛けていき、新宿の中で一番安いアパートを指名したそうです。安いアパートと言えば“いわくつき”が当たり前のはずなんですが、彼はおかまいなしでした。
僕も止めたんですが、彼いわく「霊感がないから大丈夫」だと。
さらに続けてこう言い放ちました。
「霊が見えたら、それをトークのネタにしてやりますよ」
普段からそう言っていた彼は、新宿にある不動産屋を片っ端から飛び込んで「一番安いアパートを見せてくれ」と頼んで見せてもらっていたそうです。
ところが、彼が気に入る物件は中々ありませんでした。
霊が出たから……。
ではなく、アッチ系の怖い団体の人たちが住んでいる物件ばかりだから、だそうです。
若手芸人はネタ合わせや仲間での飲み会など部屋で大声を出すことが多いので、それがトラブルの元になるのは日常茶飯事。
ましてや相手がアッチ系の怖い人たちであれば、命すら保証はされません。いくら家賃が安くても死んでは意味がありません。
良い部屋はなかなか見つからず、2週間ほど新宿中の安い物件を探していた彼は、横のつながりが太い不動産屋さんの間でちょっとした話題になっていたそうです。
その日、彼が初めて入った不動産屋で一言、
「一番安いアパートを見せてくれ」
と言うと、不動産屋のオヤジにニヤニヤ笑われながら迎え入れられたそうです。
ちょっとした有名人だよ、と不動産屋のオヤジから告げられた彼は調子に乗って、ここ2週間新宿中を駆け回った苦労をグチ半分、自慢半分で得意げに話しました。
すると、ニヤニヤ笑っていたオヤジがさらにニヤけた顔を見せて
「うちしか扱っていない、とびっきりの物件あるよ」
と奥から一枚の間取図を取り出してきました。間取を見せてもらうと、特に変わった特徴もなくいわゆるオーソドックスな“四畳半”の和室のアパートでした。
築年数は20代の彼の年齢の二倍はありましたが、家賃の安さは破格で、今のバイトを2日もやれば払えてしまえる、そんな額でした。
「気に入ったんですが、周りに怖いお兄さんたちの事務所があったりしませんか?」
とホホに斜めの線を入れるジェスチャーをしながら彼が尋ねると、ニヤけたオヤジは大きく首を振りながら、
「大丈夫です。霊が出るだけですから」とそう言ったオヤジは試すような目で彼を見てきました。
「ネ、ネタになるんで、それでもいいッスよ」
内心の動揺を隠すようにおどけた調子で答えた彼は、不動産屋のオヤジの車でそのアパートへ向かったそうです。
そのアパートの場所は詳しくは書けませんが、新宿の古い街並みが残る区画にあるそうです。
彼が着いた時は昼飯時で、あたりは焼き魚の匂いや野菜を炒める音であふれていました。不動産屋のオヤジにうながされるまま、そのアパートの部屋の前に立つとカギを渡されました。
ニヤニヤしたオヤジの顔は相変わらず「ビビってんだろ?」と挑発するかのよう。カギを差し入れおそるおそる開けた室内は、あまりにも平和でした。
昼下がりの日差しが差し込む四畳半。霊が出ると言われていた彼は拍子抜けしました。
部屋の中に上がり込みあちこち見てみますが、まったくイヤな気配も何も感じません。本当に普通の和室だったそうです。
「僕、ここに決めますよ」
霊感がない俺には何も見えないんだ、と安心した彼は押し入れのふすまを開けながら不動産屋のオヤジに告げました。
意外な事にそのオヤジの顔からニヤついた表情が消えて、ただ一点を死んだ魚の様な目で見つめていました。
不思議に思った彼がその視線の先を追うと、今開けたばかりの押し入れの上の段に正座した老婆が座っていました。
「やっぱりまだ居やがったのか……」
びっしりと御札が貼られた押し入れの中に、あまりにもハッキリと見える真っ青な顔をした老婆……の霊。その老婆の霊が正座した自分の膝を見つめていたそうです。
今までの幽霊の概念をくつがえすその存在にあっけに取られた彼は、声も出せず老婆を見つめるしかありませんでした。
「ただ居るだけだから。良かったらここに決める?」
挑発的な口調とは裏腹にこわばった顔のままの不動産屋のオヤジは、押し入れのふすまをそっと閉めました。
慌てて飛び出した彼が、その後不動産屋に聞いたところによると、その部屋に義理の娘と住んでいたおばあさんが、寝たきりになった後に激しい虐待を受けていたそうです。
そして、最後は押し入れの中で衰弱死させられたとの事。ハッキリと霊魂が見えるのは、相当強い想いを残して命を落としたからなんでしょうか。
彼は結局、その光景がトラウマになったのか、今では押し入れのある和室ではなく洋室の部屋に住んでいます。
ただ、今でもクローゼットを開けるのが怖いそうです。
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