そんな都合の良いアルバイトがこの世に存在するのだろうか? あったのだ。
2010年7月某日──。
「あぁ~楽に稼げるバイトないかなぁ~」
若手芸人Mは自宅アパートの布団に寝転がり、携帯サイトでアルバイトを探していた。
芸人ブームの到来でその数は年々増加傾向にあるが、本業つまり芸人の仕事だけで生計を立てていけるのはほんの一握りで、大半はアルバイトを掛け持ちしてなんとか生活しているのが現実。このMもまた、しかり。
サイトからまた別のサイトへ、そしてまた違うサイトへと……どのくらい経ったのだろう、Mはあるサイトで、ふと目を留めた。
「高収入裏バイト●●●●? なんだこりゃ?」
Mは興味本位でそのサイトをクリックした。
この時はまだ闇の入り口とも知らずに……。
トップページから画面が切り替わるとすぐにアルバイトの情報が次々と表れた。
〈日給7万円:簡単にできる軽作業〉
〈1回で3万円:友人紹介でさらにボーナス別途支給〉
〈3日で15万円:宿泊費、食事代負担〉
……と、しばらくして、スクロールしていたMの手が止まった。
「これだ!」
〈急募! 2時間で30万円:便利屋さんのヘルプスタッフ1名募集〉
Mは早速、電話をした。
「求人見たんですけど、まだ間に合いますか?」
この時、時間は夜の10時前だったが、先方は普通に電話に出たそうだ。
「体力に自信があるんでしたら問題ありません。履歴書は結構ですので身分証明書だけ忘れずにお持ち下さい。(中略)では指定した場所でお待ちしています。あっ、わたくし安西(仮名)と言います」
そう告げられ、電話を切ると、Mは半信半疑ながら支度を整え、自転車で指定された場所まで向かった。
「M君かな?」
指定された場所に到着すると、30代後半の優しい雰囲気の男に声をかけられた。コワモテの人物を想像していたMは少し安堵した。
「はい、そうです。安西さんですか? 今日は宜しくお願いします。あの……その……」
Mが戸惑っていると、安西と名乗る男は続けて
「心配しなくても大丈夫。不安だろうから先に約束の、はい30万」
そう言って茶封筒に入った30万円をポケットから取り出し、Mに手渡した。
「えっ! そんな……会ってすぐの僕に30万って……。すいません、あの、2時間で一体、何をするんですか?」
封筒に入ったお金の重みに戸惑いながら、Mは聞いた。
「細かいことまでは話せない。いや、M君が聞けば聞くほど、キミの恐怖心を煽ってしまうようでね……。簡単に言おう、キミにしてもらうのは夜逃げの手伝いだ。
依頼は、広域指定暴力団○○組の組長さんの愛人からで、組長さんが家を出る23時から戻ってくるまでの2時間の間で全て片付けてもらいたい」
Mは声を失った。そして、さっきまで優しく見えていた安西という男がまるで別人に見えたそうだ。
「さぁ車に乗って、急ごう」
Mはフルスモークの白のワンボックスカーに乗せられた。その中には黒のスーツにサングラスの運転手、助手席には依頼をしてきた組長の愛人らしき女性、そして後ろにはMと同年代の男が2人乗っていた。
Mがドアを閉めると静かに車は動き始めた。どのくらい移動したのだろうか、車中は特別な会話もなく、ひたすら目的地であるマンションを目指していた。
色んなことがMの頭の中を駆け巡っている最中、予定時間の10分前に目的である現場に到着した。
すると、安西が口を開く。
「いいか? 失敗は許されない。それは最期を意味する。解るな? あのマンションの下に停まっているトラックに、部屋の荷物を全て運んで載せるんだ。では早速、これに着替えてくれ」
そう言うと、安西は、Mを含めた3人に引越し業者のような作業服、そしてマスクと帽子を手渡した。
Mたちは、言われるままに着替えを済ませ、息を潜めて、その時が来るのを待っていた。
カチ、カチ、カチ、カチ……。
時計の針は23:17を指していた。
「アレよアレ。今、出たわ」
助手席の愛人らしき女性がそう言うと、車のドアが一斉に開いた。予定より17分遅れでスタート。おそらくMにとって2度とすることのない最後のアルバイトになるだろう。
渡された部屋の鍵とオートロックの番号が書かれたメモを握りしめ、Mと残りの2名は勢いよく走り出した。
そこから先のことは、Mも記憶が飛び飛びで、あまりハッキリとは覚えていないらしい。
ただ、出かけた組長が予定時間より早く戻ってきてエレベーターでバッティングしないか、組の関係者が突然部屋に来たりしないかという恐怖と不安で荷物の重さも、時間の経過もよくわからなかったそうだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
最後の荷物をトラックに運び込むと、Mは急いで、ここまで来るのに使用した白のワンボックスカーに乗り込んだ。
エレベーターを何往復しただろうか、誰かに見られなかっただろうか、そんな気持ちを他所に「ごくろうさま」という安西の乾いた声と共に車が走りだした。
恐怖感と緊張感からようやく開放された、その時──。
「プルル、プルル、プルル……」
助手席の女性の携帯電話の着信音が車内に鳴り響いた。いくらコールが鳴っても電話に出ない女性。
Mはその時初めて、まじまじとその女性を見たという。その女性は全身アザだらけで足にはギブスをしていたそうだ。
結局、何度もかかってくる電話にその女性は1度も出なかった。あの着信は誰からなのか? あの運転手は? 一緒に夜逃げ作業をしたあの2人は? そして安西という男は一体?
結局、Mは全てを知ることのないまま元の場所で車から降ろされたらしい。夢のような、いや悪夢のような時間から解放され、現実に戻った瞬間だった。
インターネットで暗躍する謎の掲示板。時にそれは、闇の世界への入り口、アナザーワールドの入り口なのかもしれない。
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2010年7月某日──。
「あぁ~楽に稼げるバイトないかなぁ~」
若手芸人Mは自宅アパートの布団に寝転がり、携帯サイトでアルバイトを探していた。
芸人ブームの到来でその数は年々増加傾向にあるが、本業つまり芸人の仕事だけで生計を立てていけるのはほんの一握りで、大半はアルバイトを掛け持ちしてなんとか生活しているのが現実。このMもまた、しかり。
サイトからまた別のサイトへ、そしてまた違うサイトへと……どのくらい経ったのだろう、Mはあるサイトで、ふと目を留めた。
「高収入裏バイト●●●●? なんだこりゃ?」
Mは興味本位でそのサイトをクリックした。
この時はまだ闇の入り口とも知らずに……。
トップページから画面が切り替わるとすぐにアルバイトの情報が次々と表れた。
〈日給7万円:簡単にできる軽作業〉
〈1回で3万円:友人紹介でさらにボーナス別途支給〉
〈3日で15万円:宿泊費、食事代負担〉
……と、しばらくして、スクロールしていたMの手が止まった。
「これだ!」
〈急募! 2時間で30万円:便利屋さんのヘルプスタッフ1名募集〉
Mは早速、電話をした。
「求人見たんですけど、まだ間に合いますか?」
この時、時間は夜の10時前だったが、先方は普通に電話に出たそうだ。
「体力に自信があるんでしたら問題ありません。履歴書は結構ですので身分証明書だけ忘れずにお持ち下さい。(中略)では指定した場所でお待ちしています。あっ、わたくし安西(仮名)と言います」
そう告げられ、電話を切ると、Mは半信半疑ながら支度を整え、自転車で指定された場所まで向かった。
「M君かな?」
指定された場所に到着すると、30代後半の優しい雰囲気の男に声をかけられた。コワモテの人物を想像していたMは少し安堵した。
「はい、そうです。安西さんですか? 今日は宜しくお願いします。あの……その……」
Mが戸惑っていると、安西と名乗る男は続けて
「心配しなくても大丈夫。不安だろうから先に約束の、はい30万」
そう言って茶封筒に入った30万円をポケットから取り出し、Mに手渡した。
「えっ! そんな……会ってすぐの僕に30万って……。すいません、あの、2時間で一体、何をするんですか?」
封筒に入ったお金の重みに戸惑いながら、Mは聞いた。
「細かいことまでは話せない。いや、M君が聞けば聞くほど、キミの恐怖心を煽ってしまうようでね……。簡単に言おう、キミにしてもらうのは夜逃げの手伝いだ。
依頼は、広域指定暴力団○○組の組長さんの愛人からで、組長さんが家を出る23時から戻ってくるまでの2時間の間で全て片付けてもらいたい」
Mは声を失った。そして、さっきまで優しく見えていた安西という男がまるで別人に見えたそうだ。
「さぁ車に乗って、急ごう」
Mはフルスモークの白のワンボックスカーに乗せられた。その中には黒のスーツにサングラスの運転手、助手席には依頼をしてきた組長の愛人らしき女性、そして後ろにはMと同年代の男が2人乗っていた。
Mがドアを閉めると静かに車は動き始めた。どのくらい移動したのだろうか、車中は特別な会話もなく、ひたすら目的地であるマンションを目指していた。
色んなことがMの頭の中を駆け巡っている最中、予定時間の10分前に目的である現場に到着した。
すると、安西が口を開く。
「いいか? 失敗は許されない。それは最期を意味する。解るな? あのマンションの下に停まっているトラックに、部屋の荷物を全て運んで載せるんだ。では早速、これに着替えてくれ」
そう言うと、安西は、Mを含めた3人に引越し業者のような作業服、そしてマスクと帽子を手渡した。
Mたちは、言われるままに着替えを済ませ、息を潜めて、その時が来るのを待っていた。
カチ、カチ、カチ、カチ……。
時計の針は23:17を指していた。
「アレよアレ。今、出たわ」
助手席の愛人らしき女性がそう言うと、車のドアが一斉に開いた。予定より17分遅れでスタート。おそらくMにとって2度とすることのない最後のアルバイトになるだろう。
渡された部屋の鍵とオートロックの番号が書かれたメモを握りしめ、Mと残りの2名は勢いよく走り出した。
そこから先のことは、Mも記憶が飛び飛びで、あまりハッキリとは覚えていないらしい。
ただ、出かけた組長が予定時間より早く戻ってきてエレベーターでバッティングしないか、組の関係者が突然部屋に来たりしないかという恐怖と不安で荷物の重さも、時間の経過もよくわからなかったそうだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
最後の荷物をトラックに運び込むと、Mは急いで、ここまで来るのに使用した白のワンボックスカーに乗り込んだ。
エレベーターを何往復しただろうか、誰かに見られなかっただろうか、そんな気持ちを他所に「ごくろうさま」という安西の乾いた声と共に車が走りだした。
恐怖感と緊張感からようやく開放された、その時──。
「プルル、プルル、プルル……」
助手席の女性の携帯電話の着信音が車内に鳴り響いた。いくらコールが鳴っても電話に出ない女性。
Mはその時初めて、まじまじとその女性を見たという。その女性は全身アザだらけで足にはギブスをしていたそうだ。
結局、何度もかかってくる電話にその女性は1度も出なかった。あの着信は誰からなのか? あの運転手は? 一緒に夜逃げ作業をしたあの2人は? そして安西という男は一体?
結局、Mは全てを知ることのないまま元の場所で車から降ろされたらしい。夢のような、いや悪夢のような時間から解放され、現実に戻った瞬間だった。
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