今の職に就く前、俳優志望だったころ、当時住んでいたアパートに女の霊が住みついていた。彼女は、テレビやシャワーを勝手に使う。
バイトから帰ってきたらテレビがつけっぱなしだったり、朝起きたらシャワーの水がじゃんじゃん出ていたり、そのせいで光熱費はばかにならず極貧の生活資金はさらに圧迫され本当に困った。だから一度ちゃんと叱ったことがある。
六畳一間の真ん中にでんと座って腕を組み、言ってやった。
「部屋の物を勝手に使うな。もし次やったら追い出すからな」
自分でもおかしいと思う。なんでこんなに仲がいいのか。相手の姿形はもちろん見えないし、素性も知らない。なぜこの部屋に憑いているのかそれもわからない。
でも、なぜか怖いと感じたことは一度もなかった。それは「なんとなく」としか言いようがなく、とにかく嫌な感じがしなかったのだ。
相手の性別が女ということも雰囲気でしかなかった。だからポルターガイストが起ろうが、夜中にふと気配を感じようが、他の誰かにこのことを相談することは一度もしなかった。
日々の生活にとくに支障がないということもあるし、なんだか知らないけどそれが彼女に対する礼儀のように思えたから。向こうが何もしないのならこちらも何もするべきではない。
でも無駄遣いはしちゃいかんでしょ? 金を払うのは俺だ。だからお灸をすえた。
そんな奇妙で滑稽な同棲生活が始まって二年が経ったころ、自分の俳優業としての道は相変わらずの鳴かず飛ばずだった。
すると見るに見かねたのか事務所の先輩がこんな話を持ちかけてくれた。
「おまえ脚本書いてみないか?」
デビュー当時、ある小さな舞台に出演した際、ストーリー構成のアシスタントをしたことがあった。
物語を考えるのも芝居の糧になると皆やらされたのだが、自分の出した案がえらく高く評価された。
先輩はそのことを覚えていて、お前には才能があるから、もしちょっとでも興味があるなら試しのつもりでやってみたらどうだ、ということだった。べつに嫌な気はしなかった。
それは半分もう役者の道は諦めろと言われているような気もするが、そのとき受けた印象は違った。そうだその道もあるぞと思った。
自分は舞台が好きなのだから、何も役者じゃなくてもいいじゃないか。携われてさえいればそれでいいじゃないかと。やがて決心がついた。
先輩が言ったように試しのつもりで一本、オリジナルの物語を書いてみようと思った。僕はバイト終わりにコンビニに寄って、ノートや文房具など執筆に必要なものを買って帰った。
すると、部屋に入ってすぐ、ぼんやりと明かりがついているのに気づいた。僕は「またあの女がテレビをつけっぱなしにしてやがる」と一瞬イラッとしたが、違った。
それは窓際にそっと申しわけ程度に置かれた小さなテーブル。その電気スタンドがついていた。まるでそこにノートを置いて今すぐにでも脚本を書けるように。
僕はいつの日か、彼女との思い出をモチーフにした舞台の脚本を書いてみたい。
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六畳一間の真ん中にでんと座って腕を組み、言ってやった。
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自分でもおかしいと思う。なんでこんなに仲がいいのか。相手の姿形はもちろん見えないし、素性も知らない。なぜこの部屋に憑いているのかそれもわからない。
でも、なぜか怖いと感じたことは一度もなかった。それは「なんとなく」としか言いようがなく、とにかく嫌な感じがしなかったのだ。
相手の性別が女ということも雰囲気でしかなかった。だからポルターガイストが起ろうが、夜中にふと気配を感じようが、他の誰かにこのことを相談することは一度もしなかった。
日々の生活にとくに支障がないということもあるし、なんだか知らないけどそれが彼女に対する礼儀のように思えたから。向こうが何もしないのならこちらも何もするべきではない。
でも無駄遣いはしちゃいかんでしょ? 金を払うのは俺だ。だからお灸をすえた。
そんな奇妙で滑稽な同棲生活が始まって二年が経ったころ、自分の俳優業としての道は相変わらずの鳴かず飛ばずだった。
すると見るに見かねたのか事務所の先輩がこんな話を持ちかけてくれた。
「おまえ脚本書いてみないか?」
デビュー当時、ある小さな舞台に出演した際、ストーリー構成のアシスタントをしたことがあった。
物語を考えるのも芝居の糧になると皆やらされたのだが、自分の出した案がえらく高く評価された。
先輩はそのことを覚えていて、お前には才能があるから、もしちょっとでも興味があるなら試しのつもりでやってみたらどうだ、ということだった。べつに嫌な気はしなかった。
それは半分もう役者の道は諦めろと言われているような気もするが、そのとき受けた印象は違った。そうだその道もあるぞと思った。
自分は舞台が好きなのだから、何も役者じゃなくてもいいじゃないか。携われてさえいればそれでいいじゃないかと。やがて決心がついた。
先輩が言ったように試しのつもりで一本、オリジナルの物語を書いてみようと思った。僕はバイト終わりにコンビニに寄って、ノートや文房具など執筆に必要なものを買って帰った。
すると、部屋に入ってすぐ、ぼんやりと明かりがついているのに気づいた。僕は「またあの女がテレビをつけっぱなしにしてやがる」と一瞬イラッとしたが、違った。
それは窓際にそっと申しわけ程度に置かれた小さなテーブル。その電気スタンドがついていた。まるでそこにノートを置いて今すぐにでも脚本を書けるように。
僕はいつの日か、彼女との思い出をモチーフにした舞台の脚本を書いてみたい。
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