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ある番組で知り合った鉄道マニアから不思議な話を聞いたことがある。

鉄道マニア界にもさまざまなジャンルがあるそうで、電車の写真を撮影して楽しむ「撮り鉄」、エンジン音や警笛音を録音して楽しむ「音鉄」、電車ではなく駅を楽しむ「駅鉄」

などなど、鉄道マニアといえど細かく分類された数多くの種類のマニアが存在する。

知り合った彼は、色々な路線の電車に乗ることを楽しむ「乗り鉄」だった。その「乗り鉄」の彼が、岩手県を走るあるローカル線に乗車していたときの事。

そのローカル線は山間を走り抜ける路線で、利用客は地元の人よりも登山客の方が多い田舎の路線だった。彼の目的はその路線の全駅制覇。

つまり、その路線の全部の駅に降りるというのが目標だった。彼はまず最初にその路線の終点を目指し、そこから2日間かけて各駅を制覇しようとしていた。

写真やネットでは見たことがある憧れの路線。その電車に乗り込んでウキウキしていた彼は窓からの景色よりも、車内の備品を撮影しまくっていた。

乗り鉄だからといっても、やはり好きな物の写真は撮るのであった。

やがて、終点の駅に近づき、ひとまず電車の旅は一旦休憩に入った。駅のベンチで折り返しの電車を待ちながら、彼は行きの車内で撮ってきた写真をデジカメでチェックしていた。

年代物のつり革や、都内では見られなくなったシートの素材から、車体の外に書かれた型式記号など、一般人にはピンと来ないがマニアにはビンビンと来るいい写真が撮れていた。

その事にご機嫌だった彼だが、ある1枚の写真を見て少し暗い気持ちになった。

車内を写したその写真には、まばらに座る乗客と1人の大男が写っていた。その大男はは黒いコートを着ており、ガラガラの車内なのに座ることなく仁王立ちしていた。

逆光で顔は見えないが、相当な体の持ち主であることはシルエットでわかった。何より不思議だったのは、これだけインパクトのある乗客なのに写真を撮った本人の記憶になかったことだった。

相当夢中になって写真を撮っていたからか……。モヤモヤした気持ちは残っていたが、ちょうど折り返しの電車がホームに入ってきたところでそんな事はすっかり忘れて鼻歌まじりで電車に乗り込んで行った。

帰りの電車は、写真を撮らずに風景を楽しむ。そう決めていた彼はニコニコしながら座席に座り、窓の外やら車内の様子を観察していた。

当初の目的を果たすため、1つ1つの駅に降り立ち、次の電車を待つ。そんな事をくりかえし、路線の中ほどにある5つ目の駅に降り立った。時間はすでに深夜。

次の最終の電車でとなりの駅に向かい、そこで宿泊するつもりだった彼は、人気のないホームで電車を待っていた。そこは無人駅でこんな時間には誰も利用する人がいないようだった。

そんな静かなホームでふと気付くと彼以外にもう1人の客の姿が見えた。ホームの端で電車を待つ彼と、もっとも離れた場所でその男は待っていた。

「こんな時間に乗るなんて変わった人がいるもんだ」自分のことをさしおいて、そんな勝手な事を思っていた。

そこへ、最終電車がホームに滑りこんできた。乗客もまばらな車内へ彼は乗り込んだ。

静かに走りだす車内で腰を掛け、暗くなった風景に目をやりながら次の駅の到着を待っていた。何を考えるでもなくふと隣の車両に目をやった時、彼は驚いた。

全身黒ずくめの大男が車内を歩いてこちらに向かってきていた。その大男こそ、昼間に撮影した写真に写り込んでいたあの大男だったのだ。

その大男は乗客の1人1人の顔を覗きこみながら近づいてくる。しかし、どの乗客も不気味な大男に対してまったくなんの反応もしない。

あえて無視しているのか、それとも見えているのは自分だけなのか……。そうこう考えているうちに、その黒い大男は連結部分を渡り、彼のいる車両へと乗り込んできた。

その大男を直接見て、彼はさらに驚いた。写真の中では逆光で黒く見えなかった大男の顔。車内を照らす蛍光灯の下で彼が見た時、それはっきりとわかった。

黒、だったのだ。
その大男は、全身が黒。

立体的な影というべきか、この世のものとは思えないものだった。その大きな黒い影の塊の顔というべき部分が、この車両でもまた1人1人の乗客の顔を覗き込みながら彼の元へと近づいてきていた。

そして……、身を固くする彼の顔を、その黒い影がヌッと覗きこんでくる。相手には目などなく全体的に黒い塊なのだが、目を合わせまいとまぶたを閉じた。

10秒ほどだろうか。もう行っただろうと思いそっと目を開けて見てみた。すると、黒い塊はまだ彼の顔を覗きこんでいた。

驚いた彼は思わず声を上げそうになったが、グッとこらえた。
……その時。

影の塊の顔の部分から黒い雫が彼の膝へとしたたり落ちた。彼が条件反射でその雫を払いのけた瞬間、影の塊から声が聞こえた。

「オマエ、俺が見えてるな?」

その瞬間、影の塊の顔の部分が大きくなり彼の頭にくらいつくように包み込んできた。視界を奪われ真っ暗になった瞬間。彼の意識がなくなってしまった。

気づくと近くの病院に運び込まれていた。診断では軽い脳梗塞で、幸いにも命には別状がなかった。結局、彼の鉄道の旅はそこで終わってしまった。

あの黒い大男が何者なのか、彼の幻覚だったのかわからないままである。

不気味な体験をした彼だが、「体力が回復したらまたあの路線にチャレンジしたい」と言っている。
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