ジャンボジェットで九死に一生。
海難事故で九死に一生。
テロ事件で九死に一生。
テレビ欄でも時々目にするような言葉ですが、僕が体験した九死に一生は、かなり特殊なものでした。
僕はテレビ制作会社のディレクターですが、残念なことにテレビでは流せない内容なのでここに綴ろうと思います。
あれは、僕が小学4年生の春でした。ある朝、学校へ行くと隣のクラスの翔一君(仮名)が僕のもとに駆け寄ってきました。
「体操着忘れちゃった! タケシ! 貸して!」(僕の名前は仮でタケシにします)
翔一君とはクラスは違っても仲の良い友達でした。例えば僕がコンパスを忘れたら、彼に借りる。彼が水泳帽を忘れれば、僕が貸す。
なんというか、みなさんにも「何かを忘れたらコイツに借りる」的な友達って学生の頃にいませんでしたか? 僕と翔一君はその関係で結ばれていたのです。
ということで、僕は翔一に体操着を貸しました。入っている体操着袋ごと。
「ありがとう! 洗って明日返すから!」と僕のクラスを走り去っていく翔一君。いつものことでした──。
その日の帰り道。僕が家に向かって歩いていると、前方から1人のオジサンが歩いてきました。
もう暖かい春先なのに、毛皮のコートにニット帽という服装で、見るからに挙動不審に辺りをキョロキョロと見回していました。
「なんだこの人……」変に思った僕はついオジサンの顔を凝視してしまいました。
すぐに目がバッチリと合いました。すると急に話しかけてきたのです。
「君、○○小学校の●●タケシ君って知ってる?」
驚くことにそれは僕の名前でした。でもこんなオジサン見たコトない、怖い。そう思った僕は咄嗟に「知らないです」と嘘をつき、走るようにその場を離れました。
翌日。学校に行った僕は、翔一君に体操着を返して貰おうと隣のクラスに入りました。
しかし彼の姿はなく、学校内を探してもどこにも居なかったのです。先生に聞くと、今日は欠席とのことでした。
さらに翌日。
朝から緊急全校集会が開かれました。
そこで全校生徒に伝えられたのは、翔一君が昨日からずっと家に帰らず行方不明で、今朝警察に捜索願いを出したこと。
そしてもしも姿を見たらすぐに報告するように、とのことでした。
心配になった僕はクラスメイトを誘い、放課後から日が暮れるまで町内を自転車で探し回ったのですが、その姿を見つける事はできませんでした。
次の日の朝、起きてすぐにテレビをつけた僕の目に飛び込んできたのは、最悪のニュースでした。
町内を流れる川の下流から1人の死体が発見され、それが翔一君だったのです。
殺人事件の可能性が高く、容疑者も見つかっていないことから、学校は臨時休校になりました。僕は何が起きたのか分からず、ただただ茫然としていました。
そして、お昼過ぎ。警察が僕の家を訪ねてきました。リビングで母親と警察が話す声を、僕は隣の部屋の壁に耳に当てて聞いていました。
そして信じたくない事実を知るのです。まず、翔一君は僕の体操着を着たまま死体で発見されたこと。その体操着には僕の名前「○○タケシ」と書いてあること。
そして、犯人はついさっき逮捕され、「本当は○○タケシを殺そうと思っていた」と白状したこと──。
犯人は、僕の父親が店長をしているパチンコ屋で負け続け多額の借金を作り、その腹いせに店長の子供である僕を殺そうとしたそうです。
しかし犯人は僕の名前が書いてある体操着を着た翔一君を、僕と勘違いして殺した……。恐怖と哀しみで何がなんだか分からなくなり、ただ泣き続けました。
そしてその夜、ニュースで流れた犯人の顔写真は、少し前に「タケシ君って知ってる?」と話しかけられた、あの知らないオジサンだったのです。
もしもあの時、ウソをつかなかったら?
もしもあの日、翔一君が体操着を忘れなかったら?
もしも僕が、翔一君に体操着を貸さなかったら?
そう、僕の九死に一生は「体操着で九死に一生」でした。
文言はくだらなくても、あまりに切なく哀しすぎる話です。
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海難事故で九死に一生。
テロ事件で九死に一生。
テレビ欄でも時々目にするような言葉ですが、僕が体験した九死に一生は、かなり特殊なものでした。
僕はテレビ制作会社のディレクターですが、残念なことにテレビでは流せない内容なのでここに綴ろうと思います。
あれは、僕が小学4年生の春でした。ある朝、学校へ行くと隣のクラスの翔一君(仮名)が僕のもとに駆け寄ってきました。
「体操着忘れちゃった! タケシ! 貸して!」(僕の名前は仮でタケシにします)
翔一君とはクラスは違っても仲の良い友達でした。例えば僕がコンパスを忘れたら、彼に借りる。彼が水泳帽を忘れれば、僕が貸す。
なんというか、みなさんにも「何かを忘れたらコイツに借りる」的な友達って学生の頃にいませんでしたか? 僕と翔一君はその関係で結ばれていたのです。
ということで、僕は翔一に体操着を貸しました。入っている体操着袋ごと。
「ありがとう! 洗って明日返すから!」と僕のクラスを走り去っていく翔一君。いつものことでした──。
その日の帰り道。僕が家に向かって歩いていると、前方から1人のオジサンが歩いてきました。
もう暖かい春先なのに、毛皮のコートにニット帽という服装で、見るからに挙動不審に辺りをキョロキョロと見回していました。
「なんだこの人……」変に思った僕はついオジサンの顔を凝視してしまいました。
すぐに目がバッチリと合いました。すると急に話しかけてきたのです。
「君、○○小学校の●●タケシ君って知ってる?」
驚くことにそれは僕の名前でした。でもこんなオジサン見たコトない、怖い。そう思った僕は咄嗟に「知らないです」と嘘をつき、走るようにその場を離れました。
翌日。学校に行った僕は、翔一君に体操着を返して貰おうと隣のクラスに入りました。
しかし彼の姿はなく、学校内を探してもどこにも居なかったのです。先生に聞くと、今日は欠席とのことでした。
さらに翌日。
朝から緊急全校集会が開かれました。
そこで全校生徒に伝えられたのは、翔一君が昨日からずっと家に帰らず行方不明で、今朝警察に捜索願いを出したこと。
そしてもしも姿を見たらすぐに報告するように、とのことでした。
心配になった僕はクラスメイトを誘い、放課後から日が暮れるまで町内を自転車で探し回ったのですが、その姿を見つける事はできませんでした。
次の日の朝、起きてすぐにテレビをつけた僕の目に飛び込んできたのは、最悪のニュースでした。
町内を流れる川の下流から1人の死体が発見され、それが翔一君だったのです。
殺人事件の可能性が高く、容疑者も見つかっていないことから、学校は臨時休校になりました。僕は何が起きたのか分からず、ただただ茫然としていました。
そして、お昼過ぎ。警察が僕の家を訪ねてきました。リビングで母親と警察が話す声を、僕は隣の部屋の壁に耳に当てて聞いていました。
そして信じたくない事実を知るのです。まず、翔一君は僕の体操着を着たまま死体で発見されたこと。その体操着には僕の名前「○○タケシ」と書いてあること。
そして、犯人はついさっき逮捕され、「本当は○○タケシを殺そうと思っていた」と白状したこと──。
犯人は、僕の父親が店長をしているパチンコ屋で負け続け多額の借金を作り、その腹いせに店長の子供である僕を殺そうとしたそうです。
しかし犯人は僕の名前が書いてある体操着を着た翔一君を、僕と勘違いして殺した……。恐怖と哀しみで何がなんだか分からなくなり、ただ泣き続けました。
そしてその夜、ニュースで流れた犯人の顔写真は、少し前に「タケシ君って知ってる?」と話しかけられた、あの知らないオジサンだったのです。
もしもあの時、ウソをつかなかったら?
もしもあの日、翔一君が体操着を忘れなかったら?
もしも僕が、翔一君に体操着を貸さなかったら?
そう、僕の九死に一生は「体操着で九死に一生」でした。
文言はくだらなくても、あまりに切なく哀しすぎる話です。
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