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風呂なしのボロアパートに住む若手芸人です。これは僕が今年の夏に体験した怖い話です。

前述の通り風呂なしアパートに住んでいるのですが、冬場はまだしも夏場は本当にキツいです。

今年の6月までは、近くに高校時代からの友達が同じく一人暮らしをしていたので、そいつの家の風呂を借りれたので良かったのですが……。

あろうことかその友人が遠くに引っ越してしまったんです。頼みの綱がなくなり今年の夏を迎えた僕は、かなり悩んでいました。

近くに銭湯はあるのですが、なにぶんお金がないもので……。

恥ずかしながら先月の収入は6万円で家賃が3万2千円、そして光熱費、交通費……銭湯に行く余裕さえないのです。

何日かに一度、台所の水盤で頭を洗って湿らせたタオルで体を拭いたりと……しのいでいたのですが、限界でした。

みなさんも記憶に新しいでしょう、2010年夏の猛暑ぶりを。ついに我慢できなくなった僕は、初めて近くの銭湯に行くことを決意しました。

それは路地裏にひっそりある古い銭湯でした。きしむ引戸を開け中に入ると、番頭さんが明らかに「おっ、客なんて珍しいねえ」という表情で僕を迎えてくれました。

脱衣所にも浴場にも誰一人お客はいませんでした。そう、貸し切り状態だったのです。

今思えばデリカシーのない質問だったと思いますが僕は番頭さんに「いつもこんなにガラガラなんですか?」と聞きました。

すると番頭さんは「隣駅にスーパー銭湯ができてから、みんなそっちに流れちゃってよ」と切ないエピソードを聞かせてくれました。

とはいえ、何日も風呂に入っておらず体から中々のスメルを発していた僕にとって、周りに迷惑をかけない貸し切り状態は嬉しいモノでした。

脱衣所で服を脱ぎ、僕は真っ先に浴槽に走りました。本当は体を洗ってからがマナー(特に僕の場合)なのですが、とにかく熱い風呂に一刻も早く浸かりたかったのです。

ひさしぶりの熱いお湯、それはもう気持ちよかったです。

「これが自宅の風呂だったら……」という小学生レベルの妄想をしながら、体の芯まで温まった僕は、カランコロンと小気味よい音を立てる昔ながらの桶が並ぶ洗い場に移動しました。

シャンプーを頭で泡立たせ、洗顔料がなかったので置いてあった石鹸を顔に塗りたくるようにこすりつけました。

そのまま目を閉じながら頭をゴシゴシと洗っていると……。

ガラガラガラ、

誰かが浴場に入ってくる、戸を開ける音がしました。〈貸し切りじゃなくなっちゃった……〉と残念に思う目を閉じたままの僕。

カランコロン カラコロン ジャー……。

桶の音、シャワーの音、気配……。
どうやら、その誰かは僕の隣に来たようでした。
〈こんなに空いてるのに何で隣……?〉薄目でチラッと横を見ると、細い足、浮いたアバラ、体のシワ……顔までは見ませんでしたが、かなりヨボヨボ感のあるお爺ちゃんが隣にいました。

「へ~~~っくしょい!!!」

裸が寒かったのか、シャワーの湯気が鼻に効いたのか、大きなくしゃみをしたお爺ちゃん。

〈江戸っ子っぽいくしゃみだな……〉なんて思いながら、僕は一気にシャンプーと顔を洗い流しました。

そして目を開け横を見ると……、そこには誰もいなかったのです。浴場全体を見渡しても、入ってきた時と同じ、僕一人しかいなかったのです。

開いた口がふさがりませんでした。ありえないと思った僕は体も拭かず脱衣所まで飛び出しました。そこにも誰もいませんでした。

血相を変えて浴場から走って出てきた僕を、番頭さんが不思議そうな顔で見ているだけ……。

番頭さんは僕に「どうした兄ちゃん」と聞きました。

僕が「お爺ちゃんが入ってきたはず……」と伝えると、驚くことにこう返してきたのです。

「そのお爺ちゃん、でっかい“くしゃみ”してなかったか?」

「その人! どこに行ったの? いきなり消えたんだよ!」

「そうか、ひさしぶりに来てくれたのか、キヨシ爺ちゃん……」

番頭さんは物思いにふけるように話し始めました。キヨシ爺ちゃんというのは、その銭湯を創業した人で、今の番頭さんの祖父にあたるそう。

随分前に亡くなってからも、時々現れては風呂に入り、いつも大きなくしゃみをしていくという……。

それから、その銭湯には二度と行ってません。
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