バラエティ番組の、“心理テストでタレントの本性を暴く”というようなコーナーで、時々顔を見る心理学者のHさん。Hさんは医者ではないが、精神的な病気を持った患者と会う機会が多い。
ある日、Hさんは知り合いの精神科医に、25歳の女性患者のカウンセリングを頼まれた。その患者は、1週間前に全身傷だらけの状態で病院に運ばれてきた。
顔の肉を鋭利な何かで剥ぎ取られ、右手の人差指は無かった。彼女は自分の名前以外のすべてを忘れてしまい、どうして傷だらけになってしまったのかもわからないという。
Hさんは彼女の病室で、カウンセリングを始めた。
「傷は大丈夫ですか?」
「はい、まだ痛みますが大丈夫です」
全身を包帯で巻かれながらも、彼女の声は元気だった。
「自分で救急車を呼んだと聞きましたが」
「そうらしいのですが、全く覚えていないのです」
彼女は細く長い左手の指で、右手を触りながら言った。
カウンセリングを始めて3日、彼女があることを思い出した。
「そうだ……マロン!」
「マロン?」
「はい、飼っている犬です」
彼女は怪我をする1ヶ月ほど前に、公園に捨てられていたチワワを拾って飼い始めたのだという。しかし、警察が彼女の部屋に入ったはずだが、犬がいたという情報はない。
「小さいから、どこかに隠れてしまったのだと思います。どうしよう、10日もエサをあげてない」
包帯で顔を覆われているが、彼女が心配そうな表情をしているのがわかった。引っ越してきたばかりで、周りにエサやりを頼む知り合いもいないという。
「迷惑じゃなかったら、エサをあげてきましょうか?」
Hさんは言った。
犬をきっかけに、もっと何かを思い出せるかもしれない。
もしも犬がエサを与えられずに死んでしまったら、ショックを受けて思い出すのに時間が掛かる、そう考えたのだ。
最初は遠慮をしていた彼女だったが、今回だけは、Hさんに頼むことにした。
彼女の部屋は、オートロックのマンションの3階にある。玄関を開けると、たしかに犬のにおいが感じられた。
壁には少しだけ、彼女のものと思われる血痕が残っていた。
「マローン、ご飯だよー」
Hさんはドッグフードを準備しながら呼んだが、チワワの姿はどこにも見られない。他人に見られたくない物もあるだろう、Hさんはなるべく物を動かさないようにマロンを探した。
「おーい、マロン」
開けっ放しの押入れの中にも、姿は見当たらない。小さい体なので、人間が予想もしない場所に入り込んでしまったのかもしれない。Hさんは、エサだけ置いて一旦帰ることにした。
「ご飯、ここに置いておいたからな」
Hさんが部屋を出ようとすると、
──カサカサ。
カーテンの奥から、かすかに物音が聞こえた。
──カサカサ。
音に合わせて、かすかにカーテンが揺れている。
「マロンか?」
玄関に向かっていたHさんは、踵を返して部屋の奥のカーテンを確認しに行った。
──バサッ。
カーテンをめくると、やはりそこにマロンがいた。マロンは背中を向けて、一生懸命何かをかじっている。
「お腹空いただろう、ご飯用意したぞ」
マロンは振り向かない。
「おい、ご飯だってば」
Hさんがマロンの背中をポンと触ると、マロンはやっと振り向いた。
「えっ、お前……」
マロンの顔を見て、Hさんは固まってしまった。マロンの顔が真っ赤なのである。
よく見ると、体中の毛も所々赤くなっている。Hさんは、それがあの女性患者の血であるとすぐにわかった。
Hさんは恐る恐る、マロンが先ほどまでかじっていた物を手に取った。それは、第2関節から切断された人間の指だった。
マロンは指を持ったまま震えているHさんの横をすり抜け、久しぶりのドッグフードへ向かって走っていった。
ガツガツと、一心不乱に食べるマロン。やはり犬には、人間の肉よりもドッグフードの方が口に合うようだ。
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ある日、Hさんは知り合いの精神科医に、25歳の女性患者のカウンセリングを頼まれた。その患者は、1週間前に全身傷だらけの状態で病院に運ばれてきた。
顔の肉を鋭利な何かで剥ぎ取られ、右手の人差指は無かった。彼女は自分の名前以外のすべてを忘れてしまい、どうして傷だらけになってしまったのかもわからないという。
Hさんは彼女の病室で、カウンセリングを始めた。
「傷は大丈夫ですか?」
「はい、まだ痛みますが大丈夫です」
全身を包帯で巻かれながらも、彼女の声は元気だった。
「自分で救急車を呼んだと聞きましたが」
「そうらしいのですが、全く覚えていないのです」
彼女は細く長い左手の指で、右手を触りながら言った。
カウンセリングを始めて3日、彼女があることを思い出した。
「そうだ……マロン!」
「マロン?」
「はい、飼っている犬です」
彼女は怪我をする1ヶ月ほど前に、公園に捨てられていたチワワを拾って飼い始めたのだという。しかし、警察が彼女の部屋に入ったはずだが、犬がいたという情報はない。
「小さいから、どこかに隠れてしまったのだと思います。どうしよう、10日もエサをあげてない」
包帯で顔を覆われているが、彼女が心配そうな表情をしているのがわかった。引っ越してきたばかりで、周りにエサやりを頼む知り合いもいないという。
「迷惑じゃなかったら、エサをあげてきましょうか?」
Hさんは言った。
犬をきっかけに、もっと何かを思い出せるかもしれない。
もしも犬がエサを与えられずに死んでしまったら、ショックを受けて思い出すのに時間が掛かる、そう考えたのだ。
最初は遠慮をしていた彼女だったが、今回だけは、Hさんに頼むことにした。
彼女の部屋は、オートロックのマンションの3階にある。玄関を開けると、たしかに犬のにおいが感じられた。
壁には少しだけ、彼女のものと思われる血痕が残っていた。
「マローン、ご飯だよー」
Hさんはドッグフードを準備しながら呼んだが、チワワの姿はどこにも見られない。他人に見られたくない物もあるだろう、Hさんはなるべく物を動かさないようにマロンを探した。
「おーい、マロン」
開けっ放しの押入れの中にも、姿は見当たらない。小さい体なので、人間が予想もしない場所に入り込んでしまったのかもしれない。Hさんは、エサだけ置いて一旦帰ることにした。
「ご飯、ここに置いておいたからな」
Hさんが部屋を出ようとすると、
──カサカサ。
カーテンの奥から、かすかに物音が聞こえた。
──カサカサ。
音に合わせて、かすかにカーテンが揺れている。
「マロンか?」
玄関に向かっていたHさんは、踵を返して部屋の奥のカーテンを確認しに行った。
──バサッ。
カーテンをめくると、やはりそこにマロンがいた。マロンは背中を向けて、一生懸命何かをかじっている。
「お腹空いただろう、ご飯用意したぞ」
マロンは振り向かない。
「おい、ご飯だってば」
Hさんがマロンの背中をポンと触ると、マロンはやっと振り向いた。
「えっ、お前……」
マロンの顔を見て、Hさんは固まってしまった。マロンの顔が真っ赤なのである。
よく見ると、体中の毛も所々赤くなっている。Hさんは、それがあの女性患者の血であるとすぐにわかった。
Hさんは恐る恐る、マロンが先ほどまでかじっていた物を手に取った。それは、第2関節から切断された人間の指だった。
マロンは指を持ったまま震えているHさんの横をすり抜け、久しぶりのドッグフードへ向かって走っていった。
ガツガツと、一心不乱に食べるマロン。やはり犬には、人間の肉よりもドッグフードの方が口に合うようだ。
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