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テレビの世界には、芸人と同じくらい体を張らなくてはいけない役職がある。それは、「カメラマン」である。

芸人がジェットコースターに乗るとき、カメラマンは同乗してカメラを持つ。足がすくむような断崖絶壁の映像は、カメラマンが命がけでそこに立たないと撮影できない。

その日、バラエティ番組を多く担当するカメラマン・Nさんは海の中にいた。海の上に作られたチューブの上にまたがった芸人が、空気を入れたバットで殴り合いをする。

Nさんの役目は、海に落下した芸人をカメラに収めることだった。

「ちょっと待って、これ水温何度だよ!」

「寒いです! 落ちたら心臓止まりますって!」

季節は秋の終わり。
水温の冷たさをフリに使い、チューブにまたがりながら叫ぶ芸人2人。

「俺はその冷たい水中で、ずっとスタンバイしているんだけどなぁ」

Nさんはカメラを構えながら、寒さに身を硬くしていた。ウェットスーツを着ていても、なかなか辛い冷たさである。

「それでは行きますよー! 敗者には冷たい海が待っています! よーい、スタート!」

ポコポコとバットで殴り合う2人の芸人。Nさんは水中で、芸人が落ちてくるのを待ち構えている。

「そろそろ来るな」

水上の戦いは佳境に入ったらしく、水の中にも微かに声が聞こえてくる。Nさんがより一層集中力を高めて、カメラを構えたその時。

──ギュ……。

Nさんは自分の右足に、何かが絡まった感触を覚えた。「なんだろう」と思う間もなく、Nさんの体は海底に向かって一気に引きこまれた。

「……!?」

Nさんは何が起こったのかわからない。足元に海藻のような黒いものが絡まっているのを、微かに視界にとらえることしかできなかった。

その海藻のようなものは、Nさんの体を右へ左へと激しく揺さぶっている。助けてくれ……そう大声で叫びたいのだが、水中では言葉になることもなく、唸り声になるだけだ。

──バッシャーン!

1人の芸人が、海に落下してきた。しかし、Nさんにそれを撮れるはずがない。船の上でモニターを見ていたスタッフは、Nさんのカメラの映像が大きく乱れていることに気づいた。

「おい、Nさん溺れてるんじゃないか!?」

スタッフの1人が言う。万が一の時のために帯同していたダイバーが、急いで水中に潜っていった。

取り残された芸人達は、唖然とした表情である。Nさんは激しく揺さぶられながらも、足元の黒いものの正体を必死で確認しようとしていた。海藻かと思ったが、これは違う。

「……髪の毛!?」

長い髪の毛の束が、Nさんの右足を覆うように絡まっていた。その先には、激しく動く丸いボールのようなものがくっついている。

これが大きく動いているので、Nさんの体も揺さぶられているのだ。激しく動いていた丸い物体が、一瞬動きを止めた。同時にNさんの体を揺さぶる力も弱まった。

「うわ……なんだよこれ」

Nさんは反射的に、その物体にカメラを向けてしまった。その物体に、目が付いていたからである。

目だけでは無い。鼻も、口も付いている。ボールのように見えたそれは、長い髪の毛を振り乱した中年女性の首から上だった。

──ニヤリ。

女の生首はNさんと目が合うと笑みを浮かべ、また海底にNさんの体を引きこみはじめた。

「俺、死ぬのかな」

Nさんが死を覚悟したその時、両脇の下に腕を差し込まれた。その腕の主は、救出に来てくれたダイバーであった。

生首はダイバーの姿を認めると、Nさんに絡めていた髪の毛を猛スピードでほどき、海底に消えて行った。

救出されたNさんが事の経緯を説明しようとすると、船の上のスタッフは青い顔をして、「すごかったな」と言った。Nさんのカメラは激しく揺れながらも、生首の姿をしっかりと映していた。

船の上のモニターでも、その姿はハッキリと見えたのだった。この日の収録はもちろん中止。

Nさんが撮影した生首の映像も、「シャレにならん」ということで破棄されてしまった。

毎年夏になると、サーファーや海水浴客が溺れて亡くなってしまうニュースが伝えられる。
Nさんはそれを見るたびに、「もしかしたら」と、あの女の生首を思い出すのだという。
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