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そのADはちょっと変わっていた。僕が作家として入っている、とある番組のAD。

仕事もしっかりやるし、人柄もいいのだが、なぜかどんな服を着てきても必ず先が尖った靴を履いてくるのだった。

アレ系の靴といえば、ホストやビジュアル系な人たちが履いているイメージがあると思う。

もしそうでなくても、ちょっと気合の入った日に履くくらいのモノだと思う。だがそのADは、短パンを履こうがジャージを着ようがどんなラフな格好でも尖った靴を履いてくるのだった。

その彼とたまたま、テレビ局の食堂で一緒になったので思い切って隣に座って話しかけてみた。

番組の視聴率や総合演出のちょいとした悪口でひとしきり盛り上がったところで、以前から気になっていた靴の事を聞いてみた。

「なんか……いつも靴尖ってるよね?」

そう聞くと彼は苦笑いで、

「オレ、一生尖った靴しか履けないッス」

と言った。

彼がまだ映像系の専門学校に通っているときの事。夏休み、友人4人とみんなで海に遊びに行ったそうだ。昼間たっぷり泳ぎ、日が落ちてからはしこたまビールを飲んで盛り上がっていた。

夜もふけ、いつしか花火大会になっていた。酔っ払っていた彼らは花火を楽しむ、というよりも花火を誰にぶつけるかの遊びに夢中になっていた。

友人の1人が見つけてきたその砂浜は、周りに民家もなく人通りもなかったので騒ぎ放題だった。ふと気づくと買ってきた花火はなくなり、さらにビールもなくなってしまっていた。

「オレ、買ってくるわ」

ビールを売っている自動販売機はその浜辺から少し離れた場所にあった。彼は出来るだけたくさんのビールを買っていこうと思い。

買ったビールを受け取り口から出しては地面に置いていった。5~6本買ったところで、ふとイヤな視線を感じた。

仲間が来ているのかと思って振り返ったが誰もいない。むしろ、そのイヤな感じは下の方から感じていた。地面に置いたビール……その後ろのすき間から視線を感じる……。

2つの目と眉が自動販売機の下からコチラを見ていた。一瞬、どういう状態か把握できなかった。

その目と眉は郵便受けをのぞくかのように自動販売機の下から彼を見上げていた。驚いた彼だったが、声が出なかった。

その目と眉はちょっとずつ自動販売機の下のすき間から出てきた。よくCTスキャンで人間を輪切りにした映像があるが、それを真正面から見た感じ……。

家の中を勝手に移動して掃除してくれる、ルンバだったかそんな名前の自動掃除機を想像してほしい。つまり、目と眉の部分だけの輪切りがスーッと自動販売機の下から出てきたのだった。

立てておいたビールの缶を1本2本と倒しながら出てきたその目と眉だけの“何か”は瞬きをしたかと思うと、彼を強く睨みつけた。

声は出なかったが身体だけは反応した。彼は一目散に逃げ出して仲間のもとへと走っていった。

友人たちは何事か? と彼を振り返ったが、次の瞬間、何事かを悟った。目と眉だけの輪切りの“何か”が地面をスーッと移動してきているのだ。

彼らは慌てて逃げ出した。
四方八方ちりぢりになって全速力で走る。振り返ると目と眉だけの“何か”はそれほど速くは移動できないようで距離はグングンと開いていく。

しばらく走ったところで、公衆便所を見つけた彼は個室の中に入り息をひそめていた。すいぶん、時間が経った。

もうさすがに追いかけては来ないだろうと思い携帯電話で仲間と連絡を取ろうとポケットの携帯を探ったその瞬間、彼は凍りついた。目と眉の“何か”がトイレの個室の下の隙間から彼を見上げていたのだった。

とっさに彼はおもいっきりその何かを蹴りつけた。そして、逃げようと思い扉を開けて外を見たがあの何かは消えていた。

その時、たまたま履いていたのが先の尖った靴だったという。

「多分、スニーカーだったらクリーンヒットしてなかったんで、今頃助かってないッスよ」

彼は先の尖った靴だから、その何かをやっつけたと思い込んでるようだった。ちなみに彼はその体験がトラウマになっていて今でもトイレの個室に入るときは警戒しているという。

「コレ履いてないとウンコできないんスよね」

食堂で大きな声でそんな話をするデリカシーのない彼を見ながら僕は、大丈夫だろ、と思っていた。
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