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500 :N.W:2005/06/28(火) 08:13:02 ID:xPMOrOYQ0
今は昔。頃は夏。遠縁の田舎へ連れて行ってもらった時の話。
場所は岐阜県、他県と接する山間の村。

〈その2〉

その村の中を川が流れていた。上流では渓流釣が出来るくらいのきれいな川だ。
途中に、両側に大きな石があり、その下が水深2メートル程度の淵になった場所があって、
そこが近所の子供たちのお気に入りの場所だった。
今日は朝からそこで遊んでいて、昼からもまたみんなで川遊びをしていた。
みんなは岩の上から淵へ向って勢いよく飛込んで遊んでいる。
弟は朝一度それに挑戦したのだが、足が底につかなかったのが恐かったらしく、
昼からはそっちへ行こうとしない。
で、しょうがないから俺は浮輪を持った弟に付き合い、浅瀬でパシャパシャやっていた。

派手な水音とみんなの喚声をうらやましく思い、そっちへ目をやった時の事だ。
水の中に見慣れない子供が一人、みんなから少し離れて頭を出していた。
俺たちも地元じゃないが、1週間もいれば人の顔ぐらい覚えている。
そのイソノワカメのような頭をした子には全然見覚えがなかった。


501 :N.W:2005/06/28(火) 08:13:40 ID:xPMOrOYQ0
その子供がふっと俺たちの方を向き、こっちへ泳ぎ始める。
泳ぐと言うよりも、ビーチボールが水に流されているような、なんだか妙な泳ぎ方だった。
俺の視線を辿った弟がその子に気付き、怖がって俺の手をぎゅっと掴む。
俺は弟の手を引いて水から上がった。
人見知りの激しい弟は、俺の後ろに身を隠す。

その子は水から顔を出した蛙のような変な格好で、さっきまで俺たちがいた浅瀬に腹這いになった。
水着は着ていない。男か女かもよく分らない。
こいつ、もしかしたら“ふちぬし”かも。
“河童”と違って“渕主”は、頭を水面に出し獲物を探すんだと、いつか祖父ちゃんが言っていた。
瞬きもしない、まん丸な魚の目玉を思わせる目をしたそいつは、俺たちに話しかけた。
「ねえ、あそぼう」
「もう帰るんだ」
俺はきっぱりとそう言い、向うで遊んでいる仲間たちにも大声で帰る事を告げた。


502 :N.W:2005/06/28(火) 08:15:48 ID:xPMOrOYQ0
弟の手を引き、浮輪を持ってやって家まで帰ると、
畑仕事をしていたおばさんが「何かあったか」と聞いてきたので、知らない子が来て弟が人見知りしたと答えた。

それから俺たちはザリガニ採りに出かけ、自分で大物を捕まえられてご機嫌の弟と、
再び家に戻ったのは夕方だった。

夕飯を食べていると、隣の良雄のお父さんが訪ねて来た。
「良雄がまだ家に帰らない」と言う。
今日は一日皆で川遊びをしていたようだから、誰か何か聞いていないかと思って、
一番近くの家から聞きに来たらしい。
「うちの子らは3時頃にいったん戻って来て、二人でザリガニ採りに行ったよ」
「そうですか」
肩を落す良雄のお父さんに、ウチの大人たちは「それはみんなで探す方がいい」と言い、
電話をかける者、近所へ知らせに走る者、急に慌ただしくなった。

そんな中、弟がぽつんと言った。
「河童がいた」
その言葉に、みんなの動きが一瞬止まった。
この間、単眼オヤジを見た時も、弟は「小僧のお面のおじさんがいた」と言ったが、
その時はそうかそうかと大笑いされてそれで終った。
でも、今度は何か様子が違う。
「ああそう言えば、帰って来た時、知らない子がいたって言ってたっけ…」
大人たちが真剣に俺たちの顔を覗き込んだ。
「河童って?」
弟が一番懐いているおじさんが、真剣な顔で弟に聞いた。


503 :N.W:2005/06/28(火) 08:16:21 ID:xPMOrOYQ0
代って俺が、「妙な泳ぎ方をする、短いおかっぱ頭の丸い目玉の子がいた」と説明すると、
とたんに蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
俺は“渕主”だとは言わなかったが、何かこの地方には、違う名で呼ばれる水妖伝説があったらしい。

地域の子供たちは全員神社に集められ、お払いをしてもらった後、
周囲に注連縄を張り巡らされた神楽殿で、一晩を過させられた。
消防団と青年団、警察も来て、夜遅くまで良雄の行方を捜していたが、
一向にらちがあかず、いったん打ち切りになる

翌朝、早くから再び捜索が開始され、10時頃、下流の方で子供の死体が見つかった。
但し、それは良雄ではなく、十年前行方不明になった春子という女の子だった。
後で聞いた話だが、死体がロウのようなミイラになっていたらしい。

“渕主”は時々出て来てお気に入りを選ぶ。
そして、新しいお気に入りが出来た時、前のお気に入りを返すのだと言う。
俺が青色(中坊)3年の時、良雄は見つかった。
しかし、良雄が見つかる前の日にいなくなった茂と言う子供は、今も行方不明のまま。
いつ見つかるか誰も知らない。


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